中東かわら版

№124 イラク:誘拐されたイスラエル国籍の研究者の動画を公開

 2023年11月13日ごろ、イラクで「イランの民兵」として知られる諸派に関係するSNS上のアカウントで、2023年3月にバグダードで消息を絶ったイスラエル人の研究者のエリザベル・ツルコフ氏(女性。「イスラーム国」について調査・研究を実施。アメリカのプリンストン大学の機関に在籍)の動画が出回った。同人については、7月5日にイスラエルのネタニヤフ首相が「ヒズブッラー部隊」に誘拐されたと主張している。

 流布した動画は4分強の長さで、その中でツルコフ氏はモサドやCIAのために活動しており、シリア民主軍のためにシリアで活動したり、イラクのシーア派政治勢力の離間を図るためにデモを扇動するなどの「自白」をした後に、現在のガザでの情勢について日々情報を得ていると述べた。そのうえで、ネタニヤフ政権の政策を悲劇を招く愚かな政策だと批判し、ガザに囚われている人質の家族に対し、人質を生還させるために常時ガザでの戦争を止める活動をするよう呼びかけた。また、ツルコフ氏は自身の境遇について、自分は囚われの身にあり、7カ月余り囚われている期間中にイスラエル政府は救出のために何もしていないと指摘した。そのうえで、自身の家族や友人に対し自分は困難な状況にあるので、早期の解放のために行動してほしいと訴えた。

評価

 ツルコフ氏の誘拐については、『中東かわら版2023年55号』にて「イラクの民兵が自派の直接の構成員や関係者の身柄の奪還を要求する可能性の他、アメリカやイスラエルとイランとの対立の中で捕らえられた者たちの身柄が要求や交渉の対象となる場合もありうる。」と指摘したが、この可能性が現実のものとして、しかも、目下イスラエルによる激しい攻撃が続いているガザ地区の問題と結びつけられて浮上した。動画の中でツルコフ氏が述べた、ガザで囚われている者たちの家族が人質解放のために行動を起こすこと、イスラエル政府はツルコフ氏の救出のために何もしていないということが、動画の発信者の意図を知る上で重要だろう。というのも、今般出回った動画にはツルコフ氏の解放のための条件や要求事項が一切含まれておらず、イスラエル政府の不作為を印象付け、それをガザ地区に囚われた者たちの境遇と結びつけようとしているからだ。

 イラクで活動する「イランの民兵」やイランがガザ地区に囚われた者たちの命運にどの程度影響力があるかは定かではない。しかし、今般の動画が伝統的に敵方の手中に落ちた捕虜は、身柄だけでなくその遺体や生死に関する情報を得るために労苦を厭わなかったイスラエル政府が、現在はそれをほとんど顧みない集団へと変質したことを印象付ける広報戦術の一環と考えれば、ツルコフ氏の誘拐は長期的に影響を及ぼす可能性が高い事件へと発展したといえる。

(協力研究員 髙岡 豊)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP