中東かわら版

№104 イラン:イスラエルによるガザ地区空爆をめぐるイランの警告

 2023年10月7日にハマースが開始した「アクサーの大洪水」作戦を受けて、その直後よりイスラエル軍はガザ地区に対する空爆・砲撃を続けている。17日には、ガザ地区の病院で爆発があり、大勢の死者が発生した(双方は関与を否定)。こうした中、イランはイスラーム諸国間での結束を呼びかけたり報復を警告したりするなど、活動を活発化させている。

 まず、ライーシー大統領は、各国の首脳と相次いで電話会談した。会談したのは、サウジアラビアのムハンマド皇太子、シリアのアサド大統領(11日)、イラクのスーダーニー首相、オマーンのハイサム国王、カタルのタミーム首長(14日)、フランスのマクロン大統領(15日)、トルコのエルドアン大統領、ロシアのプーチン大統領(16日)等である。これらの会談においてライーシー大統領は、イスラエルによるガザ地区への攻撃とそれを支援する欧米諸国を強く非難するとともに、攻撃が続いた場合に戦線が拡大することへの懸念を示した。

 これと並行して、アブドゥルラヒヤーン外相は湾岸諸国(イラク、レバノン、シリア、カタル)を歴訪し、各国に対してイスラーム協力機構(OIC)緊急外相級会合を開くことへの理解を求めた。12~15日の歴訪の中で、同外相は各国首脳・高官だけでなく、ヒズブッラーのナスルッラー書記、及び、ハマースとパレスチナ・イスラーム聖戦(PIJ)幹部らと会談した。ドーハでは、ハマースのハニーヤ政治局長とも直接会談(14日)した、同外相はこの会談において、パレスチナの問題がムスリムにとっての最重要課題であることは不変だとした上で、パレスチナへの支援は、宗教、人道、倫理的な義務である、イランは地域・国際社会に対し、戦争の終結に向けて精力的に働きかけていると伝達した。

 また、アブドゥルラヒヤーン外相は、イスラエルによる戦争犯罪が継続すれば、「抵抗の枢軸」が報復を講じる旨を累次にわたって警告している。12日、同外相は訪問先のベイルートにおいて、イスラエルによるパレスチナ人民に対する戦争犯罪を前にして国際社会とイスラーム諸国は傍観することはできないと述べ、イスラエルのガザ攻撃が続くようであれば「抵抗の枢軸」からの集団的な反撃を招くことになると警告した。また、同外相は15日、『アル=ジャジーラ放送』の取材に対して、「シオニスト政体(イスラエル)がガザ地区に進攻すれば、抵抗運動の指導者らはそこを占領軍兵士の墓場に変えるだろう」と警鐘を鳴らした。16日にも同外相はテレビ出演した際、ヒズブッラーのナスルッラー書記との会談を引用しつつ、「全ての選択肢がヒズブッラーの前に用意されている」「シオニスト政体がガザ地区で行動を起こせば、抵抗運動の指導者らは先制的な行動を数時間以内に起こすだろう」と警告した

 17日、ハーメネイー最高指導者は有識者らとの演説の中で、「もし(イスラエルの)犯罪行為が続くならば、各地のイスラーム教徒と抵抗勢力は忍耐を失い、誰も彼らを止めることはできないだろう」と発言した

 

評価

 イランとハマースの関係については、8日付『ウォール・ストリート・ジャーナル』が、今次攻撃にイランが関与したとする記事を配信したものの、現時点までに証拠は確認されていない。イランは関与を否定している。イスラエル及び米政府も、イランの関与について断定しておらず、今後も状況を緊密にモニターすると言うに留めている。両国にとって、ハマースによる罪のないイスラエル市民への殺傷行為は決して容認できない行為である。このため、もしイランの関与が確定すれば、両国はイランに対する懲罰を辞さないだろう。一方、両国が確証のない状況で報復を講じれば、諸外国から国際法違反との批判を受けることは免れない。現在の曖昧な状況は、イスラエル及び米国のイラン本土に対する軍事行動を抑制している。なお、イスラエル軍は、イランからシリア、レバノン方面への軍事資源の移動を防ぐため、シリアのダマスカスやアレッポ空港を攻撃している。

 こうした中、イランは、イスラエル軍によるガザ地区空爆が続けば報復がなされると警告しており、情勢が緊迫している。仮にイランが介入すれば、イスラエル・ハマス間の戦闘がイランや近隣諸国、ひいては域外国をも巻き込んで地域全体に拡大する懸念がある。現時点において、イランが具体的に何を起こすかを予測することは困難と言わざるを得ない。イランがイスラエル軍の地上軍展開への抑止として発言している可能性もあろう。

 先行きは不透明であるが、イランの意図を推し量るため、イランによる攻撃の意思、能力、及び、政治的判断を分析する必要がある。累次の発言から見て、イランが報復の意思を有することは確かであろう。軍事能力に目を向けると、イランはイスラエルを射程に捉える極超音速ミサイルを開発した(高度な防空システムも貫通する)と主張しており、イラン正規軍・革命防衛隊がイスラエル本土に直接攻撃を仕掛けること自体は物理的には可能であると思われる。一方で、イスラエルは核兵器を保有するといわれており、後ろ盾となる米国の軍事力は世界第一位である。イラン体制指導部としては、仮にイランがイスラエルに直接攻撃を仕掛けた場合の反撃による被害の甚大さについては、充分理解しているものと考えられる。この点、イラン体制指導部が、今後起こり得る事態を見据え、如何なる政治的判断を下すかが注目点となるだろう。

 また、アブドゥルラヒヤーン外相がいずれの発言においても、「抵抗の枢軸」「抵抗運動の指導者ら」に言及してる点には注目すべきである。イランの「代理勢力」とも俗に言われる「抵抗の枢軸」は、レバノンのヒズブッラー、パレスチナのハマース、イスラーム聖戦、イラクの人民動員、シリアのシーア民兵等の非国家主体から成るネットワークである。既に「抵抗の枢軸」は、イスラエル周辺に拠点を構え、特にヒズブッラーがイスラエル北部に対する軍事行動を通じて牽制を図っている。イランが何らかの形で「抵抗の枢軸」を成す非国家主体に指示を出す、あるいは連携を図るなどし、イスラエル軍に攻撃を加える可能性は想定されよう。イスラエル軍にとって、ガザ地区に加えて同国北部で戦線が拡大することは、対処が困難な二正面作戦となるため避けたいと見られる。(イランに直接被害がない範囲での)継戦はイスラエルの国力を消耗させるという意味に限って言えば、イランにとって悪くないシナリオともいえる。

 但し、戦線の拡大は、偶発的な事故の発生や、イスラエル軍によるイラン直接攻撃、あるいは米国の軍事介入を誘発する危険性があり、今後の情勢は流動性を増すと考えられることから、今後より一層の警戒が必要である。

 

【参考】

「レバノン:「アクサーの大洪水」攻勢をめぐるレバノン方面の動き」『中東かわら版』No.103。

「イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#2――地上戦開始前の状況」『中東かわら版』No.102。

「イラン:イスラエル・パレスチナ情勢の展開を受けてハマースに寄り添う立場を表明」『中東かわら版』No.97。

「パレスチナ:ハマースが対イスラエル攻勢「アクサーの大洪水」を開始」『中東かわら版』No.96。

「エジプト:イスラエル人観光客への発砲事件」『中東かわら版』No.95。

「イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#1――イスラエルはハマースとの戦争を宣言」『中東かわら版』No.94。

(研究主幹 青木 健太)

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