中東かわら版

№94 シリア:アレッポなどで戦闘激化

 アメリカとロシアとの合意に基づき、犠牲祭の休日に合わせて停止することになっていたシリアでの戦闘は20日過ぎから激化した。現時点での概況は以下の通り。

図:2016年9月26日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

オレンジ:クルド勢力
青:「反体制派」(実質的にはアル=カーイダとの分離後「シャーム征服戦線」と改称した「ヌスラ戦線」などのイスラーム過激派)
黒:「イスラーム国
緑:シリア政府

  1. トルコ軍が「反体制派」を傀儡としてトルコとシリアとの国境地帯を占拠した。「イスラーム国」との戦闘は小競り合い程度。
  2. 政府軍がアレッポ包囲を再建。アレッポ東部の制圧を目指し爆撃を強化すると共に、南北から攻勢。
  3. 「反体制派」がハマ市を目指して攻勢。
  4. 東グータ地域で政府軍が攻勢。
  5. 政府軍と「イスラーム国」が交戦。9月17日にアメリカなどの連合軍機が政府軍を「誤爆」、これに乗じて「イスラーム国」が進撃したため、シリア政府・ロシアはアメリカが「イスラーム国」を支援して故意に爆撃したとの見解を取り、両者の信頼関係が破綻。

評価

 そもそも、アメリカとロシアとの合意に基づく「戦闘停止」は、「誰が誰との戦闘を停止するか」すら不明確なおぼつかないものであり、当初から永続する見込みは全くなかった。例えば、そもそも「イスラーム国」に対する戦闘は「停止」の対象にはなっていない。その上、アメリカなどが「反体制派」と認識する「シャーム自由人運動」、「反体制派」と事実上一体化している「シャーム征服戦線(旧称「ヌスラ戦線」)」は停戦が政府軍を利すると主張し、これを拒否する立場だった。また、ロシアは戦闘停止に合わせてアメリカに「反体制派」と「ヌスラ戦線」のようなイスラーム過激派を区別し、「反体制派」が占拠する地域にあるイスラーム過激派の拠点の地図を提供するよう要求したが、アメリカはロシアが納得する情報を提供しなかった。そうした中、ダイル・ザウル市にて連合軍による政府軍への「誤爆」事件が発生し、これをシリア政府・ロシアは「イスラーム国」を支援するための故意の爆撃だとみなして態度を硬化させた。

 要するに、シリアでの戦闘はロシアや政府軍が爆撃を止めればそれでよいという状況には最初からない。紛争に関与する主体の全てが民間人の殺傷や社会資本・文化財の破壊に何らかの責任を負うにも拘らず、相手方に責任の全てを転嫁しようとするが故に事態が紛糾するのである。特にアレッポでは政府軍が包囲した「反体制派」の占拠地域への攻撃を強化する中で民間人の被害が拡大している模様である。そうした中、ノーベル平和賞候補にも挙げられている「ホワイト・ヘルメット」なる団体が発信する被害情報が報道機関で大きく取り上げられている。もっとも、シリア紛争における様々な情報は、それを基に敵方を貶め、自派に有利な政治・軍事状況を作ろうとする意図を帯びている。「ホワイト・ヘルメット」についても以前からその目的や活動について疑問や批判が上がっており、衝撃的な動画や画像といえども無批判に受け入れることには問題がある。シリア紛争については、無謬かつ中立の当事者を想定することはほとんど不可能であることを留意すべきである。

(主席研究員 髙岡 豊)

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