中東かわら版

№93 サウジアラビア:オバマ大統領がテロ支援者制裁法案に対して拒否権を行使

 9月23日、オバマ大統領は、上下両院を通過した「テロ支援者制裁法(JASTA)」に対して、拒否権を行使した。

 同法案は、米国内で発生したテロ行為を含む不法行為に外国政府が関与した疑いがある場合、当該国の米国裁判所での法的免除を禁じるものである。法案には言及がないものの、9.11事件の被害者の家族などがサウジアラビアを訴追する目的で制定されようとしていることで広く知られている。サウジ政府は9.11への関与を否定しているものの、ハイジャック実行犯19人のうち15人がサウジ人だったこと、今年7月に公開された米議会文書において、確たる証拠はないものの在米サウジ大使館職員と実行犯とのつながりについて言及されていたことなどから、サウジ政府の責任を問う声が米国内に存在している。

 同法案についてオバマ大統領は、「対抗措置として米国も海外から同様の訴追を受けるようになる」として、拒否権を行使すると表明していたものの、5月17日に上院で、9月9日に下院で、いずれも発声投票(注:発声による表決方法。賛否が明らかな場合に用いられる)により、反対者なしで可決された。オバマ大統領は拒否権の行使に際し、同法案は「9.11事件の被害者家族の悲しみを癒すようなものではなく、米国をテロリストの攻撃から守るようなものでもない」と述べた。

 大統領が拒否権を発動した場合、米国議会は上下両院にて3分の2以上の賛成を得られれば大統領の拒否権を覆す(override)ことができる。同法案を支持する上下両院の議員は、大統領の拒否権を覆すために再議決すると述べている。なお、オバマ大統領はこれまでに11回拒否権を行使してきたものの、一度も覆されたことはない。

  

評価

 JASTA成立の見込みについては、複数の点において見解が分かれている。超党派による全会一致で法案が可決されたことから、上下両院において再議決される可能性が高いという見方もあるものの、大統領による拒否権行使後、既に複数名の議員から同法案の有効性を疑問視する声が出ており、両院で3分の2以上を確保できるか曖昧な状況になっているという見方もある。これは、発声投票では投票の記録が残らないため棄権をすることが容易であり、表決において自身の政治的立場を明らかにしたくない議員が一定数存在していたと推測できよう。アーネスト大統領報道官は、9.11事件の被害者家族が唱導している法案に反対することは「政治的に不都合があるだろう」と議員の立場に理解を示し、政府としては引き続き議員を説得する方針を示した。

 もう一つのポイントとして、再議決までの時間的余裕があまりないことも指摘されている。11月には議会選が控えていることから、日程上、JASTAの再審議をいつ行うかが問題となっている。オバマ大統領の拒否権行使後、マコーネル上院多数党院内総務(共和党)の報道官は、上院は今週中のできるだけ早い時機に採決を行うことを検討していると述べたが、ライアン下院議長(共和党)は、選挙準備のため議員が地元に戻る前に採決が行われるかどうかは「他の仕事を終わらせるのにどれだけ時間がかかるかによる」と述べるとともに、「我々が議会に残っている間に上院で通過するならば、審議を行う」と述べている。

 JASTAを巡っては、『The New York Times』(2016年4月15日付)においてジュベイル外相がサウジ政府は同法案が成立したら約7500億ドルあるサウジ保有の在米資産を売却すると述べたと報じられるなど、米国・サウジ関係に大きな影響を与えるものという議論がなされてきた。GCCが米国議会で法案が通過したことに対し「深い懸念」を表明する声明を発出し、米国の動向を牽制したほか、安全保障の専門家やEUの代表団からも懸念が表明されている。他方、仮に同法案が成立し、9.11の被害者家族がサウジアラビアを訴追したとしても、サウジ政府は主権の侵害にあたるとして、これに協力的に応じる可能性は低いだろう。こうした動きは米国・サウジ関係の発展の阻害となりうるが、現在の政府同士の軍事的・外交的協力関係は水面下で継続していくことになるだろう。

(研究員 村上 拓哉)

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