中東かわら版

№105 シリア:アサド大統領がロシアを電撃訪問

 2015年10月22日、シリアの報道機関などは20日にアサド大統領がロシアを訪問し、同国のプーチン大統領らと会談したと報じた。今般の訪問は、2011年3月のシリア紛争勃発後初めてのアサド大統領の外国訪問であると共に、訪問についての報道が全日程が、終了しアサド大統領が帰国した後にようやく行われるという異例の訪問である。訪問の概要、主なやり取りは以下の通り。

  • アサド大統領は、プーチン大統領からの招請を受けてロシアを訪問した。
  • 両大統領は、一対一の会談で二国間関係の諸側面について協議した。また、両大統領にロシアのラブロフ外相、ショイグ国防相を加えた拡大会合で、テロ組織との戦い、ロシア空軍によるシリア軍支援につき協議した。アサド大統領、プーチン大統領、メドベージェフ首相、ラブロフ外相、ショイグ国防相、ロシア政府高官らが出席したワーキング・ディナーが開催された。
  • アサド大統領は、シリア情勢とテロ組織に対するシリア軍の作戦の進行状況と作戦計画を説明した。アサド大統領は、ロシア軍がシリアで行っている航空作戦は、両国の政府の合意に基づく国際法に沿ったものであると述べると共に、シリア再建のため様々な分野で両国の協力が続くことへの希望を表明した。
  • アサド大統領は、ロシア空軍がシリアでのテロリズムに対する作戦に参加したことは、他の諸国へのテロ組織の拡大防止に貢献したと指摘した。また、アサド大統領は、軍事作戦の目標は(シリア紛争の)政治解決を妨げているテロリズムを根絶することであり、いかなる軍事行動にも政治的な措置が続くべきだと述べた。
  • プーチン大統領は、シリアにおける軍事・政治活動を援助する用意があると表明し、シリア紛争の政治解決に至る協議のため、各国と連絡すると述べた。
  • プーチン大統領は、アサド大統領のロシア訪問の結果についてエジプト、サウジ、ヨルダン、トルコの首脳と電話会談した。

評価

 一連のやり取りを見る限り、シリア、ロシア両国の方針は、ロシア軍の航空援護を受けたシリア軍が「イスラーム国」、「ヌスラ戦線」などの武装勢力に対しある程度の戦果をあげた後、それを足がかりにシリア紛争の政治解決の主導権をとることにあると思われる。現在、シリア軍がアレッポ、イドリブ、ハマ、ホムス、ダラア、クナイトラの多方面で攻勢をかけているが、大都市や著名な拠点の制圧のような大戦果を上げるには至っていない。ロシアとしても無期限で大規模な作戦を続けることは難しく、作戦の期間としては3~4カ月、或いは100日という期間が取りざたされている。シリア紛争打開に向けてシリア、ロシア両国が主導権を確保するには、2015年末から2016年初頭の段階でどの程度戦果を上げているかが重要な要素となろう。シリア軍の作戦上の目標としては、アレッポ市東部、南部での拠点の確保、ジスル・シュグールやイドリブのようなトルコから武装勢力の兵站経路となっている地域の制圧、パルミラとその周囲の油田・ガス田の制圧、ヨルダンとの国境地帯の確保などが考えられるかもしれないが、今のところシリアもロシアも具体的な達成目標を表明していない。

 一方、アサド政権打倒を目指してシリア紛争に関与してきた諸国からは、偶発的は衝突を回避するためのロシアとの調整、「移行期間中」象徴的な地位でアサド大統領が職にとどまることを容認、などの反応が出ている。また、イドリブ、ハマ、ダマスカス周辺で、武装勢力諸派が「ヌスラ戦線」、「シャーム自由人運動」を主戦力とする連合を結成する動きに出ているが、これは「ヌスラ戦線」、「シャーム自由人運動」を支援するサウジ、カタル、トルコの意向を受けた動きとの説もある。ただし、アメリカ、EU諸国を含むアサド大統領の打倒・退陣を紛争解決の前提とする諸国が、本格的な軍事作戦実施というロシアの介入に対する即効性のある逆転打となるような選択肢を持っているとは限らない。これまで、各国がイスラーム過激派を含む武装勢力に対して提供してきた援助は、「アサド政権を打倒するためにも、その後の情勢を安定させるためにも不十分」ではあるが、「紛争を長期化させ、被害を拡大させるには過大」な量・質であった。これまでのところ、この範囲を超えてシリア紛争に資源を投入する意志や能力のある当事者は見当たらない。また、アメリカをはじめとする各国がシリアとイラクで行っている「イスラーム国」に対する爆撃も、特に大きな変更がないまま1日20件程度の頻度で続くにとどまっている。これらの諸国は、当面シリア軍やロシア軍が戦果を上げるのを最大限妨害しつつ、アサド大統領の処遇についてより望ましい条件を引き出すよう努めることになろう。

 しかし、アメリカなどが「穏健な」反体制派に提供した資源が「イスラーム国」や「ヌスラ戦線」に渡り、「穏健な」反体制派育成計画が破綻しており、「イスラーム国」に対する爆撃もさしたる成果を上げていない。こうした状況に鑑みると、アサド政権打倒を目指す諸国の対応はシリア紛争の収束にも「イスラーム国」対策にも役立たない、自己中心的なものに終わりかねない。

(主席研究員 髙岡 豊)

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