中東かわら版

№106 イラク:アメリカ軍が「イスラーム国」に対する地上作戦を実施

 2015年10月22日、アメリカ軍がイラクのキルクーク県にて「イスラーム国」に対するヘリを用いた降下作戦を実施、アメリカの特殊部隊が「イスラーム国」に囚われていた人質70名あまりを救出したことが判明した。作戦でアメリカ兵1名が死亡したが、これは2014年にアメリカなどが「イスラーム国」に対する攻撃を開始して以降、最初のアメリカ兵の戦死者となる。

  一方、「イスラーム国」は1436年ムハッラム月8日(2015年10月21日)深夜にキルクーク県ハウィージャにある同派の刑務所に十字軍が降下作戦を行ったがこれを撃退、作戦は死傷者複数を出し失敗に終わったと主張する声明を発表した。

画像:「イスラーム国」が作戦について発表した声明

評価

 今般の作戦は、アメリカ軍が「イスラーム国」との地上での交戦で戦死者を出したことが公となった初の事例である。アメリカ軍などによる「イスラーム国」に対する爆撃がさしたる成果を上げず、ロシアがシリアでの軍事行動を本格化させる中での作戦実施には、どのような意義・意図があったのだろうか。ひとつは、ロシアがシリアでの活動に加え、バグダードにロシア、イラン、イラク、シリアの四カ国からなる諜報協力拠点を設置し、「イスラーム国」対策でイラクとの協力を促進する動きを見せていることと関係している可能性がある。イラク政府はロシアに対しイラク領内での爆撃実施を要請しないと表明してアメリカとの協力関係の維持に努めているが、その一方でイラク軍などがアメリカの支援を受けて実施しているバイジ、ラマーディーなどでの作戦は、期待された戦果を上げていない。このため、今般の作戦にはイラクでの「イスラーム国」対策でより可視的な成果を上げるために、アメリカとして政治的・軍事的な負担に耐えうる範囲で関与の度合いを強めたとの意義があると思われる。しかし、イラク国内にはアメリカとの協力強化やアメリカの関与の拡大を快く思わない勢力が存在するため、アメリカの関与が拡大すると、イラクの地上兵力の動きがかえって悪くなることも懸念される。

 もうひとつは、「イスラーム国」がクルドのペシュメルガ兵やイラク政府の手先と主張する捕虜の惨殺映像を発信し続けていることである。これらの映像は、新たな政治的なメッセージをほとんど含んでいないため、国際的には単なる残虐映像として以上の価値を持たないものだが、身近に被害者やその親族がいるイラクの地元社会に対する脅迫・威嚇効果は依然として高いと考えられる。そのため、今般の作戦で人質を救出したことは、「イスラーム国」の広報を抑止しすることにつながりうる。最も、「イスラーム国」は同派が主張する「州」単位で広報活動を行っており、今般の作戦で影響が出るのはあくまで「キルクーク州」の広報だけである。

 今のところ、アメリカ軍などが「イスラーム国」に対する爆撃の回数を大幅に増加させたり、地上兵力を投入して一定の範囲の地域を制圧したりするような可能性は考えにくい。また、「イスラーム国」の広報に打撃を与えるためには、同派の「州」の一つ一つを攻撃するか、公式の発信経路を攻撃するより他ないが、今後もアメリカ軍が頻繁に同様の作戦を行う保証はない。アメリカとしては、同国の「イスラーム国」対策が成果を上げていないという現状打破のため、「イスラーム国」対策のために投入可能な資源と、アメリカの関与の拡大に対するイラク側の反応とのバランスに配慮して象徴的な作戦を実施することが当座の方針となるのではないだろうか。

(髙岡上席研究員)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP