中東かわら版

№104 シリア・イラク:「イスラーム国」の生態(モスルにおける住民の逃亡禁止措置)

 10月18日付の『シャルク・ル・アウサト』紙は、モスルからトルコへ逃亡した元タクシードライバーのインタビューに基づき、「イスラーム国」の下した住民逃亡禁止の措置やその他の振舞いについて、要旨以下のように報じた。

  • モスルは、2014年6月に「イスラーム国」に占拠されて以降、大きな刑務所へと変わった。
  • 「イスラーム国」は、占拠地域の住民の集団逃亡の連鎖を防止するために、警備巡回の強化と逃亡者を侮辱する映像を流している。
  • イラク中央政府による地元公務員に対する給与支払いが滞り、経済的な危機が起こったことで、住民のモスル市外への逃亡が発生した。
  • 以前、医療や商業上の理由から、モスル在住者に市外への通行許可証が付与されたこともあったが、現在は稀である。許可なく市外にでれば最悪死刑となる。
  • 公開処刑は粛々と実施される。被告の判決文書が読み上げられて死刑が執行される。盗難には手首の切断、姦通罪には投石、喫煙者には鞭打ちの刑が適用される。
  • 雇用機会を見つけることは困難となった。その一方で基礎物品の値段は高騰し、「イスラーム国」の統治はより抑圧的なものとなった。
  • 「イスラーム国」の構成員の中には、市外への逃亡を支援する対価として逃亡者から金銭を受け取る者がいる。値段は1000ドル以上。
  • 「イスラーム国」の(統治する)土地からカーフィル(不信仰者)の土地に行くことは禁じられている。
  • モスルからトルコへの逃亡には8日間を要する。

評価

この記事は、アメリカ紙の記者が行った少数への取材を基に執筆されており、モスルの全体像を正確に写すものとは限らない。しかし、「イスラーム国」が占拠地域において常に資源を消費する立場にあることに鑑みると、その内容には一定の妥当性があるように思われる。「イスラーム国」は、日々配信する広報画像の中でインフラ整備や食料の収穫の画像を通じて、正しい「統治」を標榜しているが、それは土地や人など、もともと占拠地域が有していた資源を消費した結果である。仮に「イスラーム国」がもたらすものがあったとしても、それも外部(外国)からのヒトやモノなどの資源であるため、結局のところ生産者とはいえない。

 上記のことから、「イスラーム国」が占拠地域で統治を行うためには、良き統治を継続させるために必要な資源の生産者が必要となる。それこそ、占拠地域に住む住民に他ならないのだが、今回の報道によれば、逃亡を禁止する措置が行われたにもかかわらず、彼らの逃亡が相次いでいる。さらに、2015年3月30日付の「トゥズバフ・ラッカ・ビ・サムト」(シリアのラッカでの「イスラーム国」の蛮行を告発するネット・チャンネル。「ラッカは沈黙の中で屠殺される」の意味。他にシリアのダイル・ザイルのチャンネルもある。)によれば、50才以上の女性が医療目的で「イスラーム国」の非占拠地域へ移動することが禁止され、また治療は占拠地域にある病院で行われることが定められたという。

 住民の逃亡の原因として、上記の報道はイラク中央政府による給料未払いや物価の高騰など経済的な動機を挙げているが、「イスラーム国」からの抑圧的な措置の増加も逃亡の十分な動機になるだろう。これらの理由で逃亡した住民の報道は枚挙にいとまがない。今後も「イスラーム国」の依存する生産者の逃亡が続けば、「統治」の一環であるはずの外部との遮断は、却って「統治」を窒息させかねない。よって、こうした状況に適応して、今後も占拠地域内外で資源調達を行っていけるかという息継ぎの成否が、「イスラーム国」の「統治」の実現を左右する一つの分水嶺になるだろう。

(イスラーム過激派モニター班)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP