中東かわら版

№36 エジプト:ルクソールのカルナック神殿近くで自爆事件

 6月10日午前、ルクソールのカルナック神殿近くで自爆事件が発生した。目撃情報によると犯行グループは男3人で、駐車場に車を停車した後、カルナック神殿近くのカフェテリアに座った。しかし3人を不審に思った警官が彼らを尋問したところ、1人が身につけていた爆発物を爆破させ、死亡した。その後、警官と犯人らが銃撃戦となり、2人目が死亡、3人目が負傷した。この事件で4人が負傷したが、観光客に被害は出ていない。 

評価

 これまでのところ、犯人の身元情報や政治団体への参加歴などは明らかになっていない。自爆といえばイスラーム過激派が使う典型的な戦術だが、過激派団体からの犯行声明や今回の事件についての評価コメントも発出されていない。さらに、犯人のそもそもの標的は警察だったのか、それとも観光客だったのかという点も不明である。

 現在、エジプトのイスラーム過激派は軍や警察など治安部門を攻撃の標的としており、観光客を直接の標的とはしていない。だからといって、観光地がテロ事件と無関係であるとは言えない。エジプト政府は観光客を守るため観光地に特に多くの警官を配備しているが、それは観光地にイスラーム過激派の標的が存在することを意味する。観光地で事件を起こせばメディアが犯行を大きく取り上げるため、テロ行為としては大きな宣伝効果が期待できる。したがって、観光地もテロ事件が起きうる場所であることに留意しなければならない。

 こうしたテロ事件は、2013年7月のクーデター以降増加している。軍・警察によるイスラーム主義者(ムスリム同胞団や過激派)への徹底弾圧に対する反応として、軍・警察を狙った攻撃事件が増加した。これが直接的原因だが、その背景には、ムバーラク体制後の移行過程が政治勢力間の利害調整に失敗して不安定化するなかで、経済回復は実現されず、政治的意思を表明する自由も制限されていることがある。現在の政治過程は革命後に国民にもたらされるはずであった自由や希望をもたらすことに失敗し、政治的不満を排除する方向に進んでいる。したがって政府への不満は抗議デモなど非正規の方法でしか表明できなくなるが、これも非合法化されたため(抗議規制法、反テロ法)、最終的に暴力という方法に行き着くのである。テロ事件はこうした文脈で増加している。

 よって現在は、暴力的弾圧に対する暴力での応酬といった局面といえる。テロ事件を減少させるにはこの暴力の連鎖を断ち切る必要がある。そのためには治安対策の徹底化だけでなく、現在の政治過程に幻滅した人々の声を取り込む努力が必要である。

(研究員 金谷 美紗)

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