2023年度外交・安全保障事業
- NEWコメンタリー
- 公開日:2026/03/16
ヨルダンの外交政策にみるガザ戦争の影響
MEIJコメンタリーNo.23
防衛大学校 人文社会科学群 国際関係学科 准教授 江﨑 智絵
はじめに
ヨルダンは、紛争が絶えない中東地域において安定した国家運営を維持してきた。この特性は、例えばヨルダンにイラクとの間の緩衝国家としての役割を見出した隣接するイスラエルにとってのみならず、そのイスラエルとも係わりの深い域外国の米国にとっても重宝されてきた。米国にとってヨルダンの安定は、イスラエルの安全保障に不可欠であったからである。ゆえに、国家としての安定性はヨルダンにとって重要な「売り」であり、それを維持することは対外的な戦略であるとすらいえよう。
しかし、2025年1月に米国で第二次トランプ政権が発足すると、ヨルダンのそうした戦略には陰りが生じた。トランプ大統領が「国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)」に対する拠出を停止するとともに、「米国国際開発局(USAID)」を閉鎖しようとしたからである。ヨルダン以上にこの2つの機関に頼っていた国はないといわれている[1]。ヨルダンが受けた影響のひとつは、同国最大の海水淡水化プロジェクトに対する数百万ドル規模の米国の助成金を突如打ち切られるというものであった。
興味深いのは、米国による上記の決断から2カ月も経たない内に、米国がヨルダンに対する援助を復活させたことである。この背景には、ヨルダンが中東の要の国家として堅実な財政基盤を築いたと主張できる外交的な取組みを行ったことに加え、米国がヨルダンの安定性を自国の安全保障に不可欠だと結論付けたことがあるという[2]。
これを踏まえると、ヨルダンの戦略は、依然として効果を発揮しているようである。では、この点へのガザ戦争の影響はどのように捉えられるのであろうか。本稿では、こうした観点からヨルダンの外交政策について論じてみたい。
ヨルダンの基本的な外交方針
1953年にフセイン国王が即位して以降、ヨルダンは、パレスチナに最も近く、西のイスラエル、北のシリア、東のイラク、南のサウジアラビア、そして南西のエジプトという5カ国に隣接する緩衝国家として機能してきた[3]。いずれの国家もヨルダン以上の軍事力や経済力を有するのみならず、イスラエルへの敵意を共有する上記のアラブ諸国の間には仲違いがあった。このためヨルダンは、特定の国家との同盟や国家間の連合などに参加することで自国の独立が侵害されることを恐れた。
国力の観点で相手国に劣る国(便宜上、小国とする)が自国よりも大きなパワーを有する国と連携を模索する場合、相手国にとっては小国の限定的な国力ゆえに十分な利益にはならない。そのため、自国の安全のために相手国との同盟を必要とする小国には、自国の利益が踏みにじられるような状況が生じても、絶えざるを得ない事態も想定される。あるいは、相手国が領土的な野心などを持った場合には、征服される恐れすらある。そうした小国にとっては、いずれの国とも友好関係を築いていくことが自国の安全を保障する手段と映るであろう。
ヨルダンも、域内諸国との関係は言うに及ばず、域外諸国との間でも友好な関係を築き、維持することを重視してきた[4]。ヨルダンの外交が全方位外交もしくは全方位等距離外交といわれる所以である。
とはいえ、ヨルダンが紛争や対立に巻き込まれなかったわけではない。そうした場合にヨルダンにとって重要なのは、対立する陣営のどちらか一方に肩入れせざるを得ない事態を回避できるよう、争っている国々のパワーバランスを等しくするような役目であろう。
この全方位外交の精神は、1999年に即位したアブドゥッラー国王にも継承されているように思われる。湾岸諸国を含む近隣諸国および欧米諸国を中心とする域外諸国との間には、多少の紆余曲折はありながらも、引き続き友好関係が保たれているようにみえる。
ガザ戦争勃発の影響
ただし、アブドゥッラー国王の治世下では、2000年代初頭にイスラエルとパレスチナとの和平交渉が停滞すると、パレスチナ情勢は悪化の一途を辿るようになった。こうした中でヨルダンは、関係諸国とのバランスの維持に腐心するようになった。それは、2023年10月にガザ戦争が勃発すると、より顕著になった。国内でのパレスチナ支持の高まりを受け、政府はより一層国民感情に配慮する姿勢を対外関係においても考慮せざるをえなくなったからである。
従来、ハマースとの関係においてアブドゥッラー国王は、ヨルダン国内にハマースの前身組織であるムスリム同胞団を基盤とする政党が存在するため、パレスチナにおいてハマースが政治的影響力を拡大させる事態を警戒してきた。しかし、ハマースに対するヨルダンの姿勢は、パレスチナ出身のヨルダン人(以下、パレスチナ系ヨルダン人)が多いとされる自国民の存在ゆえにハマースがパレスチナの大義を守ろうとしていると捉えられる傾向にあるため、ハマースへの敵意のみに突き動かされるものではなかった。あくまでヨルダンは、ハマースの事務所をヨルダン国内に再開させるような内政への影響を生みかねない動きは断固拒否する一方、ハマースとは一定のコンタクトを維持するという柔軟な姿勢を維持せざるを得なかったのである[5]。
ガザ戦争で強まったヨルダン国民のパレスチナ支持は、ハマースへの同情を高めるとともに、以下のような変化をもたらした。ガザ戦争が勃発するまで、ヨルダンにおいてハマースの支持者といえばヨルダン国内のパレスチナ系ヨルダン人で、ムスリム同胞団の関係者などが大半であった。しかし、ガザ戦争の勃発を機にハマースへの支持は、パレスチナ出身ではないいわゆる東岸系ヨルダン人の間にも広まりを見せるようになった[6]。彼らはアブドゥッラー国王にとって重要な支持基盤であり、国王は、その声に耳を傾けなければならないのである。
こうしたなかでヨルダンでは、1994年にヨルダンが締結したイスラエルとの和平条約を破棄すべきとの主張が声高になされるようになった。無論、2026年3月時点でもヨルダンはイスラエルとの和平条約を維持している。その理由は、ヨルダンが自国の安全保障に死活的であると認識している米国との軍事的および経済的関係を維持するためである[7]。
とはいえ、第二次トランプ政権がヨルダンの役割を過小評価しているとの不満も存在する[8]。それは例えば、2025年2月にトランプ大統領が「ガザ地区を中東のリビエラにする」との提案を行った際のヨルダンに対する見解などを踏まえたヨルダン人の率直な印象なのかもしれない。この計画では、エジプトとともにヨルダンにガザ住民の受入れが求められていた。この点、トランプ大統領は、米国がヨルダンに多くのことをしているからヨルダンがパレスチナ難民を受け入れるであろうとの見解を示していたのであった。
こうしたトランプ大統領率いる米国との関係について、さきの研究者によれば、アブドゥッラー国王は、ヨルダンが米国に敵対していると受け止められ、政治的および経済的代償を被る事態は回避しようとしているとのことであった。ただしヨルダンは、「アメリカ・ファースト」であるトランプ大統領とは最小限の関係を維持するに留める一方、欧州諸国との関係を強化し、米国の支援のみに依存する状況から脱却しようとしているとされた。
イラン・ファクター
イスラエルとの和平条約を破棄しないまでも、ヨルダンは、打てる手は打とうとしたと思われる。2023年11月に駐イスラエル・ヨルダン大使を召還するとともにUAEおよびイスラエルとのエネルギー・水協定から離脱したのは、その一例である。また、2024年5月には議会で駐ヨルダン・イスラエル大使の追放が可決されるなど、イスラエルに対する「強硬姿勢」が示された。
2024年8月には、ヨルダンとヨルダン川西岸地区を繋ぐアレンビー橋で、ヨルダン人のトラック運転手がイスラエル側の検問所職員を殺害するという事件が発生した[9]。ガザ戦争が長期化する中で、イスラエルに対するヨルダン国民の不満が表出したものと捉えられる。
それでも、こうした反イスラエル感情がヨルダンの安定性を損なっているわけではない。それはなぜであろうか。この点でアブドゥッラー国王にとって追い風となったのは、イランに対するヨルダン国民の脅威認識が高まったことであろう[10]。
さきに述べたヨルダン人のトラック運転手によるイスラエル人殺害事件の後、ヨルダン国民の間には、イスラエルがこの事件の発生を、ヨルダンにテロ対策を実施する能力がない証であるとみなし、ヨルダンに軍事介入するのではないかとの懸念が高まったとの見方がある[11]。その背景には、2013年頃からヨルダンでイランに係わりのある武装勢力が麻薬や武器の密輸を行うようになったことがあるという。つまり、イスラエルによる軍事介入へのヨルダン国民の懸念は、さきの事件のみによって惹起されたものではなく、この事件がヨルダンにおけるイランの影響力拡大の材料とイスラエルにみなされ、ヨルダンの利益や安全を損ねる形で利用されてしまうのではないかという不安なのであった。
このように考えると、2024年4月半ばにヨルダンがイランからイスラエルに向けて発射された弾道ミサイルやドローンなどの迎撃に参加したことは、示唆的である。あくまでヨルダンは、自国の安全保障のために迎撃を行ったとの姿勢を崩さなかったが、ヨルダンの行為は、イスラエルに対してイランが共通の脅威であると示すうえでは一役買ったことであろう。また、このヨルダンの行動は、イスラエル寄りとの批判を国内であらためて噴出させたとされるが、同時に、ガザを支援するためには政権の安定こそ重要であり、ヨルダンは軍事的手段ではなく外交を通じてそれに取り組んでいく、というある種のコンセンサスを国民の間に生む契機になったともされている[12]。
ガザ戦争の勃発前である2023年8月に発表された世論調査では、イランに対するヨルダン人の脅威認識が2021年に行われた前回の調査結果から7.1%上昇し、19.1%であったことが示された[13]。ガザ戦争は、ヨルダンにおいて、反イスラエル感情を高めたのみならず、反イラン感情を高める結果ともなったようである。
おわりに
ガザ戦争は、ヨルダンにおいて、自国の安定性を維持することがイスラエルおよびイランの脅威に対処する方策であるとの認識を高めたように考えられる。軍事的な取組みからは距離を取るというヨルダンの姿勢は、全方位外交の精神に沿うものであろう。
2026年2月末にはイスラエルと米国によるイランへの攻撃が開始された。今後もヨルダンがどのように自国の安定性を前提とする外交政策を実施していくのかが注目される。
[1] Curtis R. Ryan, “Jordan’s Looming Crisis,” Foreign Affairs, March 25, 2025, https://www.foreignaffairs.com/jordan/jordans-looming-crisis.
[2] Suleiman Al-Khalidi, “Exclusive: Jordan Wins Trump Aid Carveout for Strategic Projects and Support,” Reuters, April 30, 2025.
[3] Marwan Muasher, The Arab Center: The Promise of Moderation, New Haven: Yale University Press, 2008, p. 13.
[4] The Hashemite Kingdom of Jordan, “Foreign Affairs: The Hashemite Vision,” http://www.kinghussein.gov.jo/f_affairs4.html.
[5] Farah Bdour, “Jordan’s Three Balancing Acts: Navigating the Post-October 7 Middle East,” United States Institute of Peace, September 11, 2024,
https://www.usip.org/publications/2024/09/jordans-three-balancing-acts-navigating-post-october-7-middle-east.
[6] 2025年11月5日筆者が実施したアンマンでのヨルダン人研究者に対する聞き取り調査に基づく。
[7] Ryan, “Jordan’s Looming Crisis.”
[8] 2025年11月5日筆者が実施したアンマンでのヨルダン人研究者に対する聞き取り調査に基づく。
[9] 例えば、以下を参照。Tamar Michaelis, “Three Israeli Civilians Shot Dead at Allenby Crossing between West Bank and Jordan,” CNN, September 9, 2024.
[10] Bdour, “Jordan’s Three Balancing Acts.”
[11] 2025年11月6日に筆者が実施したアンマンでのヨルダン人研究者に対する聞き取り調査に基づく。
[12] Bdour, “Jordan’s Three Balancing Acts.”
[13] NAMA Strategic Intelligence Solutions, “Foreign Relations Survey: Analytical Report,” Konrad Adenauer Stiftung, September 2023, https://www.namasis.com/wp-content/uploads/2023/09/4th-Wave-of-22Foreign-Relations-Survey-202322.pdf. ちなみに、それを上回り、ヨルダン人が最大の脅威とみなすのは、45.1%のイスラエルであった。







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