2023年度外交・安全保障事業
- NEWコメンタリー
- 公開日:2026/03/13
「イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から⑪」「イランの次はトルコ」論をどう見るか――対イラン戦争をめぐるトルコの視点
MEIJコメンタリーNo.22
【イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から⑪】
2026年2月28日に発生した米国・イスラエルによる対イラン攻撃と、その後のイランによる報復攻撃を受け、中東情勢は一段と緊迫している。こうした事態を踏まえ、本連続コメンタリーでは、「イラン情勢を俯瞰する――中東ユーラシアの視点から」を主題として、研究会の各委員がそれぞれの専門地域・専門分野から今回の情勢を分析し、その背景と影響を考察する。
「「イランの次はトルコ」論をどう見るか――対イラン戦争をめぐるトルコの視点」
中東調査会 主任研究員 金子 真夕
なぜ「イランの次はトルコ」論なのか
米国・イスラエルによる対イラン攻撃以降、「次にイスラエルが警戒すべき相手はトルコではないか」との議論が、トルコ国内外で再び強まっている。この種の論調は、2024年12月のアサド政権崩壊後、シリアでイランとロシアの影響力が後退し、トルコの存在感が高まるなかで浮上していた。この過程でイスラエルは、トルコが域内の主要な競争相手であるとの認識を強め、両国の緊張も高まった。だが、その後は米国の関与もあり、シリアをめぐる偶発的な軍事衝突の回避に向けた二国間協議が進み、「イランの次はトルコ」論はいったん沈静化した。
もっとも、こうした議論の背景には、トルコ・イスラエル関係がもともと危機と改善を繰り返してきたという経緯がある。両国関係に危機をもたらす最大の要因は一貫してパレスチナ問題であり、逆に関係改善を後押ししてきたのは、経済、貿易、エネルギーといった実利面での協力であった。実際、トルコが周辺諸国との関係改善に舵を切った2022年以降、対イスラエル関係も改善に向かった。エルドアン大統領とネタニヤフ首相は、2023年9月の国連総会に合わせて直接会談を行い、相互訪問を進める方向で一致した。両国は、パレスチナ問題という根本的対立を抱えながらも、当面は実利を優先して関係改善を進めようとしていた。だが、2023年10月7日のハマースによる攻撃と、それに続くイスラエルのガザ攻撃の激化は、その流れを一気に反転させた。発生直後には抑制的だったトルコも、イスラエルの軍事行動が拡大するにつれて対決色を強め、二国間関係は急速に悪化した。
こうした状況の下で、イスラエル国内ではトルコ脅威論が再び強まった。2026年2月、ベネット元首相はトルコを「新たなイラン」と位置づけ、「テヘランからの脅威とアンカラからの敵意の双方に同時に対処しなければならない」と述べた。また、ガラント前国防相も、イランの弱体化をトルコが自らの影響力拡大の好機と捉えていると論じ、とりわけシリアを中心とする地域におけるトルコの台頭に警鐘を鳴らした。さらにBBC Monitoringは、米・イスラエルによる対イラン攻撃後、トルコのメディアや論者の間で「イランの次はトルコか」との議論が広がっていると整理している。たとえば、親政権紙『Sabah』でも、トルコ=イスラエル対決の可能性を前提に、備えの必要性を説く論調がみられた。つまり、この議論は単なる陰謀論ではなく、イスラエル側の一部政治家や論者が、トルコを新たな地域的競争相手、さらには差し迫った脅威として公然と語り始めたことに支えられている。
その背景には、イスラエル国内政治の文脈もあると考えられる。2026年秋に予定される総選挙をにらみ、ネタニヤフ首相の有力な対抗馬と目されているのがベネット元首相である。そうした中で、「イラン後」を見据えた新たな脅威像としてトルコを前面に押し出すことは、国内向けには分かりやすい政治的メッセージとなる。とりわけ、トルコのパレスチナへの強い支持、反イスラエル姿勢の鮮明化、シリアでの影響力拡大、さらにはアラブ諸国との関係強化といった動きは、イスラエル右派の一部にとって、トルコを地域秩序をめぐる競争相手であるだけでなく、周辺で影響力を広げながら自国に圧力を加えうる存在として映っている。したがって、「イランの次はトルコ」論とは、直ちに対トルコ軍事行動へ進むことを意味するというよりも、イラン弱体化後の中東での力関係の変化に対するイスラエル側の警戒感と、国内政治上の動員の論理が結びついた言説として理解すべきである。
トルコはどう対応しているのか
では、こうしたイスラエル側の反応に対し、トルコはどのように対応しているのだろうか。結論から言えば、国内外で「イランの次はトルコ」との議論が広がるなかでも、トルコは自らを紛争の当事者にしないよう努め、少なくとも現時点では、抑制と外交を軸に行動しているように見える。トルコは、米国・イスラエルによる対イラン攻撃を「違法かつ正統性を欠く」と批判する一方で、事態の封じ込めと交渉再開を優先してきた。エルドアン大統領やフィダン外相は、米国、イラン、アラブ諸国との協議を継続し、地域戦争への拡大を抑えようとしている。また、少なくともシリアに関しては、イスラエルとの偶発的衝突を防ぐため、実務レベルでの調整を続けており、イスラエルの挑発や対立の構図に不用意に引き込まれないようにしている。すなわち、トルコはイスラエルへの批判を強めつつも、それを直ちに全面対決へと結びつけるのではなく、自国の安全保障上の利益を確保しながら、危機管理を優先する現実主義的対応を取っているのである。
他方で、2025年6月のいわゆる「12日間戦争」でイランの防空システムが大きく損耗した事実は、トルコに強い衝撃を与えた。もっとも、この時点では、まだ隣国で起きた戦争の戦訓として受け止める余地があった。これに対し、今回の戦争では、3月4日と9日の二度にわたり、イランから発射された弾道兵器がトルコ領空に向かう事案が発生し、トルコも直接的な危険にさらされた。いずれもNATOの防空・ミサイル防衛部隊によって迎撃されたものの、トルコがこれを自国の安全保障上の脅威として直接経験した意味は大きい。というのも、この事態は、防空能力の強化がもはや将来的課題ではなく、差し迫った安全保障上の課題であることを、トルコに改めて認識させたからである。
このため、トルコは自前の多層防空体制の整備を加速させている。エルドアン政権は、国産の統合防空構想である「鋼鉄のドーム(Çelik Kubbe)」を2025年以降の防衛力強化の柱に位置づけ、防衛産業庁(SSB)の主導の下、ASELSANやROKETSANといった国内主要企業と総額65億ドル規模の追加契約を締結し、国産防空網の構築に注力している。もっとも、こうした整備が直ちに十分な実戦運用能力に結びつくわけではない。今回のミサイル事案が示したのは、トルコが中長期的には国産防空網の構築を進める一方で、短期的にはなおNATOの支援なしに十分な領空防衛を確保しにくいという現実である。
実際、NATOは迎撃後にミサイル防衛態勢を強化し、2026年3月10日には米国のパトリオット・システムがマラティヤ県キュレジク基地周辺に追加配備された。こうした動きは、現段階において、トルコが防空・ミサイル防衛の面でなおNATOの支援に大きく依存していることを示している。以上から言えるのは、トルコの対イラン対応が、外交による抑制と危機管理を基本としつつ、その背後で自国の防空能力強化とNATOへの依存が同時に進むという、二つの側面を併せ持っているということである。
今後をどう見るか
今後、トルコ・イスラエル関係がどこまでエスカレーションするかは、イラン情勢の推移に加え、シリアや湾岸諸国を含む周辺国の動向にも大きく左右される。ただし、少なくとも短期的には、両国間で直ちに直接戦争に至るというよりも、間接的な摩擦が拡大していくとみるのが妥当であろう。その主な舞台として想定されるのは、シリア、東地中海、アフリカの角など、すでに両国の利害が交錯している地域である。とりわけシリアでは、治安秩序の再編、クルド問題、南部シリアにおける勢力圏や非武装化のあり方をめぐって、両国の立場の隔たりが大きい。東地中海では、海洋境界画定や天然ガスの開発・輸送が、引き続き対立の火種となりうる。さらにアフリカの角でも、ソマリア、ソマリランド、紅海航路への関与を通じて、双方の競争が強まる可能性がある。したがって、当面注視すべきは、全面的な軍事衝突そのものよりも、こうした周辺地域における影響力争いがどのように累積し、相互不信を深めていくかである。
以上
(脱稿日:2026年3月12日)







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