2023年度外交・安全保障事業
- コメンタリー
- 公開日:2026/03/09
「イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から⑥」イラン攻撃によって混乱する中東エネルギー情勢と日本への影響
MEIJコメンタリーNo.17
【イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から⑥】
2026年2月28日に発生した米国・イスラエルによる対イラン攻撃と、その後のイランによる報復攻撃を受け、中東情勢は一段と緊迫している。こうした事態を踏まえ、本連続コメンタリーでは、「イラン情勢を俯瞰する――中東ユーラシアの視点から」を主題として、研究会の各委員がそれぞれの専門地域・専門分野から今回の情勢を分析し、その背景と影響を考察する。
「イラン攻撃によって混乱する中東エネルギー情勢と日本への影響」
中東調査会 主任研究員 高橋 雅英
2026年2月28日に米国とイスラエルがイランを奇襲攻撃したことを受け、イランがペルシャ湾岸地域での軍事行動を活発化させている。こうした中、世界有数の石油・天然ガス生産地である同地域の混乱が、エネルギー情勢に深刻な影響を及ぼすことが懸念されている。
ホルムズ海峡の通航不可
イラン情勢の急変を受け、大量の石油や液化天然ガス(LNG)が日々通過するホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥った。3月2日、イラン革命防衛隊は、エネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡を閉鎖したと明らかにし、同海峡を通航しようとする船舶を警告した。同日、複数の海上保険会社(ガード、スクルド、ノーススタンダード、ロンドン・P&Iクラブ、アメリカン・クラブなどの)はイラン情勢の急変を理由に、湾岸地域を航行する船舶向けの戦争リスク補償の引き受け停止を発表した。戦争リスク補償の適用外海域は、イラン領海にとどまらず、ペルシャ湾及び周辺海域にも拡大した。
こうしたイランによる船舶への威嚇や、海上保険料の高騰・引受停止を背景に、多くの海運会社や貿易会社は現在、ホルムズ海峡の航行を控えている。その結果、ホルムズ海峡を通過する船舶数は、イラン攻撃前日(2月27日)の95隻から3月5日には4隻まで激減した。
図表1 ホルムズ海峡を通航する船舶数

(出所)IMF PortWatchをもとに作成
ホルムズ海峡迂回の原油パイプラインの制約
ホルムズ海峡はオマーンとイランの間に位置し、ペルシャ湾、オマーン湾、アラビア海を結ぶ重要な海上交通路である。同海峡はまた、世界最大級の原油タンカーが航行できる十分な水深と海峡幅を有する重要な海上交通路の要衝でもある。2024年にホルムズ海峡を通過した原油量が日量1420万バーレル(bpd)、石油製品が約590万bpdを記録した。これは世界の海上輸送量の25%以上、世界の石油消費量の約20%に相当する。天然ガスに関しても、ホルムズ海峡経由のLNG貿易量が世界全体の約20%を占める(出所:EIA)
一方、ホルムズ海峡を迂回可能な代替ルートは限られている。まずサウジアラビアには、東部の油田地帯アブカイクから西部の紅海沿いの港町ヤンブーまでを結ぶ、全長約1200キロメートル(km)の東西石油パイプライン(輸送能力500~700万bpd)がある。次にUAEには、アブダビ首長国の油田地域ハブシャーンからホルムズ海峡のインド洋側に位置する港町フジャイラに通じる、全長約360kmの石油パイプライン(輸送能力150~180万バレル)がある。そしてイランにも、ブーシェフル州グーレから2021年に新設されたジャースク石油輸出港を結ぶ、全長約1100kmの石油パイプライン(輸送能力100万bpd)がある。しかし、イランを除くサウジアラビア・UAEのパイプライン輸送能力(合計650~870万bpd)の制約を踏まえると、ホルムズ海峡が事実上封鎖される状況下、現在の石油の通過量全てをカバーすることは困難である。
エネルギー関連施設への攻撃
イランが湾岸諸国への攻撃を強める中、エネルギー関連施設への被害も相次いで確認されている。標的となったのは、サウジアラビア東部のラアス・タヌーラ製油所(3月2日)、カタルのLNG関連インフラ(同)、オマーン・ドゥクム港の燃料タンク(3月3日)、UAE東部フジャイラ港の燃料タンク(同)、バハレーンのシトラ製油所(3月5日)などである。
こうしたエネルギー施設への攻撃を受け、一部の湾岸諸国では石油・天然ガスの生産停止を余儀なくされている。カタル国営のカタルエナジー社は3月2日、ラアス・ラファーン工業都市とメサイード工業都市にある自社の操業施設が軍事攻撃を受けたことを受け、LNG及び関連製品の生産を停止したと発表した。カタルは世界有数のLNG輸出国で、2024年の輸出量は7800万トンと世界全体の約19%を占め、米国、オーストラリアに次ぐ規模となった(出所:GIIGNL)。現在、カタル半島沖合のノースフィールド(ノースドーム)・ガス田で拡張計画を進めており、LNG年産能力を現在の7700万トンから1億4200万トンへ引き上げる計画である。カタルはガス供給を通じて国際ガス市場に大きな影響を及ぼし得ることから、国際石油市場を主導するサウジアラビアに匹敵する影響力を持つとの見方もある。カタルのLNG停止の長期化は、国際ガス価格の高騰やカタル産LNG輸入国への経済的打撃を招く原因となる。
石油生産では、クウェイト石油公社(KPC)は3月7日にイランによる攻撃や石油貯蔵能力の制約を理由に不可抗力を宣言し、石油減産に踏み切った。また『ロイター通信』の8日付記事によれば、イラク南部の主要油田でもホルムズ海峡経由の原油輸出が困難となったことで、同国の産油量が紛争前の約430万bpdから約7割減の130万bpdに落ち込んだ。
ホルムズ海峡の通航停止やエネルギー施設への攻撃、中東産油国による減産を受け、国際原油価格は急騰している。代表的な指標である北海ブレント原油価格は、2月27日の1バーレル当たり72ドルから、3月9日には110ドルまで上昇した。
図表2 ブレント原油価格の推移

(出所)Trading Economicsをもとに作成
日本のエネルギー調達や経済面への影響
ホルムズ海峡の通航不可は、日本のエネルギー調達にとっても大きな懸念事項である。日本は欧米諸国と足並みを揃えて2022 年にロシア産原油の輸入を控えたことから、ほぼ全ての原油を湾岸産油国から輸入している。原油の中東依存度は2025年に約94%に達し、ホルムズ海峡を経由した原油輸入量は9割にのぼる。日本は短期的には石油備蓄の放出などで対応できたとしても、中長期的には原油価格の高騰が円安基調と相まって、国内の燃料価格を大幅に押し上げる可能性が高い。
天然ガスについては、日本はLNGの大部分を中東以外(主にオーストラリア、マレーシア、ロシア、米国)から調達しており、ホルムズ海峡を通過するカタル産・UAE産の輸入は2025年時点で約400万トン(総輸入量の約6%)にとどまり、ホルムズ海峡のインド洋側に位置するオマーン産分(330万)を加えても、中東産LNGは全体の11%である。ただカタルがホルムズ海峡の通航困難により、LNG輸出を継続できなくなれば、世界のLNG需給は大きく崩れ、スポット価格が急騰する可能性がある。日本・韓国向けLNGのスポット価格指標である「JKM」は、2月27日に100万BTU(英国熱量単位)当たり10ドルだった水準から、3月6日には15ドルまで上昇している。加えて、日本企業が締結するLNG売買契約の多くは石油価格連動の価格指標を採用しているため、原油高はこの先LNGの輸入価格も押し上げ、結果として燃料調達コストの増加が日本の電気料金の上昇につながる恐れがある。
以上
(脱稿日:2026年3月9日)







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