調査研究 政策提言

2023年度外交・安全保障事業

  • NEWコメンタリー
  • 公開日:2026/03/09

「イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から⑤」サウジアラビアはどこに立ち、何を見ているのか

 MEIJコメンタリーNo.16

【イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から⑤】

2026年2月28日に発生した米国・イスラエルによる対イラン攻撃と、その後のイランによる報復攻撃を受け、中東情勢は一段と緊迫している。こうした事態を踏まえ、本連続コメンタリーでは、「イラン情勢を俯瞰する――中東ユーラシアの視点から」を主題として、研究会の各委員がそれぞれの専門地域・専門分野から今回の情勢を分析し、その背景と影響を考察する。

 

サウジアラビはどこに立ち、何を見ているのか

中東調査会 協力研究員 高尾 賢一郎 

 

 従来の石油輸出に加え、近年は投資や観光による歳入の増加を目指し、さらには娯楽の普及によって国内消費を増やすことで経済成長を目指しているサウジアラビアにとって、中東地域の安定と国内の平穏な日常は不可欠な要素である。この一環として、サウジアラビアは2023年3月にイランとの国交回復に合意し、同国と対峙し続けるよりも取り込むことを選択した。これに沿って、2023年10月にガザ戦争が始まり、イスラエルと米国がイランを地域にとっての脅威だと煽り立てても、サウジアラビアはイランを地域で孤立させないための外交努力を続けてきた。その立場が、今次の米国とイスラエルによるイラン攻撃によって瀬戸際を迎えているかのようだ。サウジアラビアは現下の情勢をどういう立場から、どう見ているのだろうか

 

イランによる攻撃を受けて

 イランによる中東域内の米国権益への報復攻撃を受けて、サウジアラビアはこれを強く非難する声明を発出した。類似の声明は2025年6月のイランによる在カタル米軍基地への攻撃の際にも出されたが、この際は他国の主権と領土、並びに国際法の侵害を批判する、いわば定型文だった。むしろそこには、イランを追い込んだことで湾岸諸国を巻き添えの危険に晒したイスラエルと米国を批判する向きすら見られた。これに対して今次の声明は、イランの事情には触れない、つまりイランのみを批判する点で性質を異にするものだ。

 しかしその甲斐なく、イランは3月2日にサウジアラビア国内を標的とした攻撃を実施し、東部州のダンマーム近郊に位置するラアス・タンヌーラ製油所が被害を受けた他、3日にはリヤド外交団地区の米国大使館がドローンによる攻撃を受けた。これを経て同日の閣議では、サウジアラビア政府がイランの脅威に対して「対応する」ことが確認された

 

イラン包囲網に舵を切るか

 では、サウジアラビアは今後、地域におけるイランの孤立を防いできた外交スタンスを放棄し、イラン包囲へと向かうのだろうか。少なくとも本稿執筆時点において、その可能性はまだ高くないように思われる。3日の米国ワシントン・ポストに掲載された、サウジアラビア側が米国にイラン攻撃を進言したとの報道を、サウジアラビアは強く否定した。もちろん真相は不明だが、少なくとも建前として、イランの混乱が本意に反するものであること、これを望む米国及びイスラエルとサウジアラビアとは立場が違うことを公式に伝えた。実際のところ、サウジアラビアは米国及びイスラエルによるイランへの攻撃を支持するメッセージは出していない。

 ここからは、サウジアラビアが未だイランとの交渉、つまりイランを排除するのではなく取り込むという外交方針を完全には放棄していない様子がうかがえる。言い変えれば、方向転換するための決定的な材料はまだないということだ

 

なら、どうするか

 イラン包囲を進めたい米国にとって、サウジアラビアが域内の論理でもってイランを取り込む選択をしたことは厄介ごとの一つであった。ガザ戦争におけるイランの強硬姿勢にはこのことも作用していたと思われる。この点、イランがサウジアラビアへの攻撃を開始したことは米国にとって極めて喜ばしい事態だといえよう。

 それでも、サウジアラビアの根底には米国の中東政策に対する根強い不信感がある。核開発、革命防衛隊、「抵抗の枢軸」諸派といったイランのハードパワーの脅威度が弱体化するのは望ましい一方、その代償がイラン、ひいては地域の不安定化であるなら、イラン包囲はリスクの方が大きい。そのリスクヘッジなしにただイランを屈服させる利は、米国やイスラエルにあってもサウジアラビアにはない。

 だからといって、米国の対イラン政策を転換させるほどの不退転の決意も決定力もサウジアラビアは持ち合わせていないのが実情である。2月28日の戦争開始以来、サウジアラビアの立場は米国とイスラエルによるイラン攻撃を半ば不可逆的と見つつ、自国への飛び火を最小限にするべくメッセージを発信し続けている。3月9日には外務省声明を通じて、事態の緊張が続けばイラン自身が壊滅的な打撃を受けるだろうとの強い警告を発した。

 

体制にとってのイラン情勢

 飛び火と上述したが、サウジアラビアにとってその最たるものはなんであろう。石油市場への影響や人的・物的被害は、体制にとっては限定的なものに過ぎない。重要なのは地域情勢をめぐってなんら影響力を発揮できない醜態を晒すこと、トランプ大統領とネタニヤフ首相の望む地域秩序の再編に加担したという汚名を着せられることだ。これはサルマーン現国王の治世にとっても、また次期国王と目されるムハンマド皇太子の政治キャリアにとっても汚点となる。特にムハンマド皇太子に関しては、国王に即位すればサウジアラビア史上最長の治世となる可能性が高い。そのキャリアのプロローグが以上のような醜態と汚名で語られれば、その影響は数十年にも及ぶ。本来であれば、彼らはたかが数年しか権力の座にいない民主主義国家の指導者の功績作りに付き合うような尺度は持っていないのである。

 そうであるなら、イラン情勢への対応でサウジアラビアが進む道は二つに限られよう。米国とイスラエルによるイラン攻撃を支持・黙認し、イラン体制が崩壊する未来を正義とするストーリーを急ピッチで形成するか。あるいはイランからの攻撃を迎撃しつつ、従来の外交スタンスに沿って忍耐と犠牲を伴いながらイランを鎮める仲介的役割を果たすかである。すでに述べたように、現時点ではサウジアラビアは後者に近い立場を採っている。ただしそれは、前者を迷いなく選べるほどには米国を信用していないことが大きい。つまり決して強固な立場ではない。情勢がハイペースで変化する中でこそ、未来を見据えることがサウジアラビアには求められている。

 

以上 

日本時間2026年3月9日15時脱稿 

 

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