2023年度外交・安全保障事業
- NEWコメンタリー
- 公開日:2026/03/06
「イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から②」イラン攻撃を読み解く:背景と展望
MEIJコメンタリーNo.13
2026年2月28日に発生した米国・イスラエルによる対イラン攻撃と、その後のイランによる報復攻撃を受け、中東情勢は一段と緊迫している。こうした事態を踏まえ、本連続コメンタリーでは、「イラン情勢を俯瞰する――中東ユーラシアの視点から」を主題として、研究会の各委員がそれぞれの専門地域・専門分野から今回の情勢を分析し、その背景と影響を考察する。
明治学院大学 法学部政治学科 准教授 溝渕 正季
イラン攻撃を読み解く:背景と展望
2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対して大規模攻撃を開始し、最高指導者ハメネイ師が死亡したと報じられた。これにより焦点は核協議の行方から危機管理へと移った。トランプ政権側に明確な開戦事由・勝利条件・出口戦略が準備されていた様子はなく、米国民に対して戦争の正当性・必要性を訴える努力もほとんどなされなかった。トランプ大統領のコアな支持者層はイラク戦争の二の舞を極度に恐れており、イランに対する大規模攻撃を支持する声は限定的だ。
攻撃の最終的な期間と強度は依然として未知数ではあるが、既に戦火はペルシャ湾岸地域全域に拡大しつつあり、石油価格上昇を含む国際経済への影響も出始めている。今回の軍事行動は単なる一時的衝突ではなく、中東地域秩序と核管理体制の将来に長期的影響を与える可能性が高い。
紆余曲折を辿る米・イラン関係と「第三の当事者」
米国とイランは、1979年の革命以降、互いを「不倶戴天の敵」と位置づけ合いつつも、局面ごとに限定的な協調や取引を模索してきた。核問題も同様であり、2002年の未申告施設発覚以降、制裁と交渉が交互に反復されてきた。2015年にオバマ政権下で成立した包括的共同行動計画(JCPOA)は、ウラン濃縮と在庫を制限し検証を強化することで危機を管理する画期的な合意であった。だが、第一次トランプ政権は2018年にそこからの一方的離脱を宣言し、制裁を再強化すると、イラン側も濃縮拡大と地域の(反米・反イスラエル)武装勢力支援でこれに対抗した(イランの武装勢力支援と「抵抗の枢軸」については、拙著『アメリカの中東戦略とは何か』第6章が詳しい)。
ここで常に重要となるのが(アメリカの緊密な同盟国である)イスラエルの存在だ(アメリカがイスラエルに対して過度に肩入れする理由については、上記拙著第3章が詳しい)。イランの現体制にとって、イスラエル(および同国が体現する「西洋帝国主義・植民地主義」)との対峙、そしてパレスチナ問題への献身は、体制の正統性を支える理念的な屋台骨だ。そして、核・ミサイル・地域の武装勢力支援は対イスラエル抑止戦略の根幹である。
他方で、核武装したイランに対する脅威認識は、地理的に近接するイスラエルにおいて米国よりはるかに強い。イスラエルがJCPOAに強硬に反対したのは、この合意がイランの核能力を恒久的に解体するものではなく、ミサイルや地域の武装勢力支援を制限しないまま制裁緩和を認めることで、結果的に対イスラエル包囲網を強化する可能性があると考えたためだ。
このように米・イラン関係は単なる二国間関係ではなく、イスラエルを含む三者関係として理解する必要がある。
核交渉がイランにとって有利な方向へ進展しそうになるたびに、イスラエルは安全保障上の脅威認識からそれを阻止しようと米国議会や世論に働きかけてきた。アメリカはこれまでに多くの局面において、核武装したイランよりもむしろ、イスラエルの(しばしば独断で実行される)対イラン軍事行動に巻き込まれることを強く警戒してきた。
今回の危機もまた、この三者関係の力学の中で理解されるべきだ。
核協議はなぜ失敗したか?
トランプ政権は2025年6月の攻撃(いわゆる「一二日間戦争」)でイランの核関連施設とミサイル関連施設に打撃を与えたが、決定的な解決には至らなかった。その後、2026年2月に再開されたジュネーブでの間接交渉では、米側は濃縮活動の停止(「ゼロ濃縮」)を柱に、弾道ミサイルや地域の武装勢力支援までを射程に収めた包括的な譲歩を求めていた。他方でイラン側は、核兵器不拡散条約(NPT)で認められた「奪い得ない権利」として平和的濃縮の権利承認を求め、さらにミサイルは抑止の中核として交渉対象外とする姿勢を崩していなかった。ここに根本的な隔たりが存在した。
さらに、イラン側の内政要因も協議の進展を難しくしていた。2025年末から続いた抗議運動と、それに対する治安機関の苛烈な弾圧は、体制の正統性と統治能力の双方に大きな傷跡を残した。ペゼシュキアン大統領は社会の亀裂修復に言及しつつも、妥協は体制弱体化につながるとの懸念から、イスラーム体制護持のための引き締めが最優先とされた。トランプ大統領が体制転換を示唆する発言を重ねたことは、対外的譲歩を一段と困難にし、逆に抑止力としての核・ミサイル・地域の武装勢力を手放せないという認識を強化した。
イラン・米国に加えて、第三の変数としてのイスラエルの存在も交渉の行方を大きく左右した。イスラエルは昨年6月の攻撃以降、弱体化したイラン現体制に(体制転換に至るような)決定的な打撃を与える必要性をトランプ大統領に強く訴え、交渉がむしろ攻撃計画を阻害することを懸念してきた。他方、トランプ大統領自身は、2026年1月のベネズエラでの作戦成功で自信をつけていた。
こうして米国・イラン・イスラエルのそれぞれの妥協可能範囲が最後まで収斂せず、交渉は行き詰まり、最終的にはイスラエルに押し切られるかたちで、2月28日、米・イスラエルによるイラン共同攻撃に至ったのである。
攻撃後の地政学・核リスク
今次の攻撃は核施設のみを狙う限定行動というより、指導部・軍事中枢の殺害(「斬首攻撃」)を含む大規模な作戦となった。ただ、「斬首」は短期的には意思決定を攪乱し得るが、それだけで体制転換を実現することはほぼ不可能だ。むしろ外部攻撃は「被害者」ナラティヴを強化し、反米感情と(少なくとも短期的な)社会の結束を喚起することで、反米強硬派の論理を補強しかねない。革命防衛隊を中心とする軍事主導体制が強化されるシナリオも現実的に想定される。
また、空爆で一部施設が損傷しても、核能力の完全に無力化することは不可能であり、核心部分(知識・人材・分散インフラなど)は残り得る。加えて、戦争は国際査察体制の機能を著しく弱体化させる。査察官の安全確保や通信・移動が困難になれば、核物質の管理と監視に重大な空白が生じる。宗教権威・政府・革命防衛隊の力関係が流動化すれば、交渉主体の一枚岩性が損なわれ、核関連資産の統制や意思決定の所在が曖昧化する。
これらを踏まえると、攻撃後の地政学・核リスク評価は、作戦の達成度ではなく、交渉再開に向けた枠組みの再構築、そして核物質管理と査察体制の復元に置かれるべきだろう。
以上







.png)
