2023年度外交・安全保障事業
- NEWコメンタリー
- 公開日:2026/03/06
「イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から①」戦争はイランと湾岸諸国との関係をどう変えたのか
MEIJコメンタリーNo.12
【イラン情勢を俯瞰する――中東ユーラシアの視点から①】
2026年2月28日に発生した米国・イスラエルによる対イラン攻撃と、その後のイランによる報復攻撃を受け、中東情勢は一段と緊迫している。こうした事態を踏まえ、本連続コメンタリーでは、「イラン情勢を俯瞰する――中東ユーラシアの視点から」を主題として、本研究会の各委員がそれぞれの専門地域・専門分野から今回の情勢を分析し、その背景と影響を考察する。
同志社大学グローバル・スタディーズ研究科 博士後期課 教授 中西 久枝
戦争はイランと湾岸諸国との関係をどう変えたのか
はじめに
2026年2月28日、イスラエルとアメリカの対イラン攻撃が始まった。その2日前までイランとアメリカはジュネーブでオマーンを仲介役として核交渉をしていた。また、交渉が次週に持ち越される見込みだという観測が流れた中、オマーンのバドル外務大臣は27日訪米し、バンス米副大統領と会談し、「イランは高濃縮ウランの備蓄を放棄する意向を示した」と語った(共同通信、2026年2月28日)。私は、「イランはここまで譲歩したのか、これまでにない動きだ」と思った。しかしながら、開戦はまさにその翌日起こった。またしてもイランとオマーンの外交努力を裏切る結果となった。2025年6月の12日戦争の開戦時と同様、今回の攻撃も核交渉中に起こった。
イスラエルとアメリカによるイラン攻撃は、国際法上明白な違法行為である。ましてやハメネイ最高指導者をはじめとする7名の首脳陣を暗殺することは、正当化の余地がない主権の侵害である。しかしながら、イランによる報復攻撃が、開戦3日目にイスラエルのみならず、湾岸諸国にまで急速に拡大した(日本経済新聞、2026年3月4日)ことは、イランと湾岸諸国の関係に大きな波紋を投げかけている。
イランの対湾岸諸国政策―ライーシ前政権下の「緊張緩和」外交
そもそもGCC(湾岸諸国協力機構)は1979年2月のイラン革命後、イランによる革命の輸出を阻止するために、湾岸6カ国によって設立された。GCCは域内の安全保障上の協力体制を構築するのが目的だとされたが、事実上イランに対抗するのが狙いであった。特にアラブの春後は、GCC諸国の中でもイランとサウジアラビアの関係が概して敵対的になった。イランの「抵抗の枢軸」ネットワークへの影響力と域内での覇権争いによって、両国関係は緊張に満ちたものになった。
GCC諸国内の関係にも変化が見られた。2017年にカタールとサウジアラビアが外交関係を断絶したが、2021年には両国の外交は回復した。イスラエルとの関係においては、GCCの中ではバーレーンとアラブ首長国連邦がイスラエルとの和平協定(アブラハム合意)を2021年に締結したが、サウジアラビアは慎重な態度を取った。また、2023年3月にはイランとサウジアラビアが中国の仲介で国交正常化を果たした。
GCCの中で、常設の米軍基地がないオマーンは、2013年以来イランとアメリカを含む核交渉国の核交渉を仲介してきた。このようにGCC諸国とイランとの関係はそれぞれ微妙に温度差があった。他方、少なくとも2023年10月7日のガザ戦争の開始後から2024年までの間は、GCCが一致して「反イラン」という旗印を前面に掲げることはなかった。
またイラン側も、特にライーシ政権(2021~2025年)以来、近隣諸国との関係改善と強化を外交の柱としていた。イスラエルによる散発的な攻撃とそれへの応酬が続いた2024年も、2025年の12日戦争時も、イランは湾岸諸国の首脳陣と電話や直接の会談を続け、緊張緩和に奔走した。他方、湾岸諸国は12日戦争の開始後はイスラエルのイラン攻撃を暗に批判しつつ、自らは戦闘に巻き込まれないよう慎重な立場をとっていた。
しかしながら、12日戦争終結直前にイランがカタールの米軍基地を限定的ではあったが攻撃したことで、カタールをはじめとするGCC(湾岸協力機構)諸国はイランを非難した。イランとGCC諸国の関係は、イランのデタント政策とは裏腹に緊張したものになっていた。
2月28日開始のイスラエル・アメリカの対イラン攻撃と湾岸諸国
2月28日、イスラエルとアメリカは対イラン攻撃を開始したが、早くも3月2日、サウジアラビアは、イランのドローンの攻撃を受け、国内有数のサウジアラムコ、ラスタヌラ製油所を停止した。またサウジアラビアはイランからリヤドの米国大使館への攻撃や東部州への攻撃を受け、3月4日にはサウジアラビアはイランの露骨な侵略を批判した(アラブ・ニュース、2026年3月4日)。3月2日、カタールも世界最大のLNG輸出施設がイランのドローン攻撃を受け、LNGの生産を停止している。イランは、ホルムズ海峡を通過する船舶やタンカーには攻撃するという声明を出し、事実上、ホルムズ海峡は航行できない状況となった。今後湾岸諸国の石油や天然ガス収入が戦争の長期化で減少し続ければ、湾岸諸国とイラン関係はさらに悪化する。
さらに、カタールのドーハ空港もアラブ首長国連邦のドバイ空港もイランの攻撃を受け、一時は空港が閉鎖された。ドーハ空港は3月5日現在、限定的に運航再開となったが、両国ともにハブ空港としての機能は低下している。ユーロニュース(2026年3月5日)は、UAEとカタールを中心とする湾岸諸国の観光収入は年間290億ユーロから480億ユーロの範囲で減少すると予測している。
おわりに
イランのペゼシュキアン大統領は、3月4日、Xに「中東域内の安全と安定には近隣諸国や(イランの)友好国が合同で当たる必要がある」と投稿した。イランは、イランが湾岸諸国の米軍基地や重要インフラを攻撃すれば、これらの国々がアメリカに対して攻撃をやめるよう働きかけるという計算があるように見える。また、イスラエルとアメリカの圧倒的な軍事力の前に、イランが取りうる選択肢は限られている。イランの湾岸諸国への攻撃は苦肉の策であろうが、湾岸諸国のイランに対する敵対心は煽られ、イランはますます孤立しかねない。イランは湾岸諸国にとって、軍事的にも経済の安全保障上も大きな脅威として認識されていくことになるからである。イランはポストハメネイ体制の構築に向けて、保守強硬派のモジュタバ師(故ハーメネイ最高指導者の次男)を選出する可能性があると報じられ始めている(ロイター、2026年3月5日)。そうなれば、「イラン脅威」はイスラエルとアメリカのみならず、湾岸諸国にさらに強く認識され共有されていくことになる。イランの報復の矛先が湾岸諸国に達したことは、今やイランと湾岸諸国との関係に大きな禍根を残しつつある。中東域内での戦火がさらに拡大する可能性すら浮上している。
<参考文献>
青木健太「イランの外交政策におけるグローバル・サウスー国際秩序の変容と多角化するイラン外交」『中東研究』vol.3(549)、2024年1月号
高尾賢一郎「第3章 サウジアラビアが描く中東の地域秩序の青写真」、中西久枝「第8章 ユーラシア輸送回 廊構想とイランー連結性拡大の模索」青木健太・笠井亮平・中東調査会編『中東ユーラシアから世界を読む』岩波書店、2025年12月
中西久枝「第10章 イランの核開発とガバナンス」広島市立大学広島平和研究所編『アジアの平和とガバナンスII』有信堂、2025年3月







.png)
