中東かわら版

№42 イスラエル:レバノン政府の統制不全とヒズブッラー攻撃の論理

 日本時間2026年6月15日、米国政府高官は戦闘を終結する覚書をめぐりイランと合意したと明らかにした。イラン側は、合意にはレバノンを含むすべての戦線での戦争の終結が含まれていると発表した。レバノン戦線に関する規定は、レバノンを拠点とするヒズブッラーとイスラエルの交戦停止を念頭に置いたものとみられる。

 イスラエルは、2024年10月にイスラエル北部の脅威となってきたヒズブッラーの無力化を目的にレバノン南部に侵攻した。同年11月にレバノン政府と停戦に合意したが、2026年2月末にイスラエルが米国と共にイランに攻撃を開始すると、ヒズブッラーもイスラエルに攻撃を開始し、停戦は崩壊した。イスラエルは、4月にレバノン政府と停戦に合意するが、ヒズブッラーとの軍事的応酬は継続し、5月末から6月初めにかけてイスラエル軍はレバノン南部での地上作戦を拡大し、ベイルート南部のダーヒヤ地区にも空爆を実施していた。

 ネタニヤフ首相は、米国がイランとの戦争終結に向けて動いていることを受け、米国のトランプ大統領とは「意見が一致することも多いが、意見が合わない場合もある。私はイスラエルの安全保障上の利益に責任を負っており、その利益のために戦っている」と述べた。レバノンに対する軍事行動に関して、首相は米国とイランの合意の詳細は知らないとした上で、ヒズブッラーに対するイスラエルの行動の自由を維持することに制限を設けるものではないと述べた。また、レバノン南部の緩衝地帯にイスラエル軍(IDF)は「必要な限り」留まり続けると述べた。

 停戦に先立つ6月10日、ネタニヤフ首相は「イスラエルが戦っているのはヒズブッラーでありレバノンの人々ではない」とXに投稿した。同日、ヘルツォグ大統領は「イスラエルはレバノンとの平和を支持している。私は、車でベイルートまで行くのが私の夢だといつも言っている。しかしそのためには、レバノン政府、レバノンの指導者、レバノン国民がイランとヒズブッラーに立ち向かい、平和を望み、テロを望まないことを明確にしなければならない」とアラビア語で訴えるビデオメッセージを公開していた。

評価 

 イスラエル側の論理に立てば、今般の米国・イラン間の戦争終結に向けた合意は、イスラエルが当事者として参加したものではなく、イスラエルを拘束するものではない。仮にトランプ米大統領が、同合意の履行を理由として、イスラエルにレバノン南部からの撤退やヒズブッラーに対する軍事行動の停止を求める場合、それはイスラエルにとって、単なる外交調整ではなく、自国の安全保障判断と主権に関わる問題となる。

 実際、イスラエルの閣僚や野党勢力からは、米国・イラン間の合意に対して否定的な反応が相次いだ。例えば、ベン・グヴィル国家安全保障相は、イスラエルは米国に従属する国ではなく独立した主権国家だと述べている。他方、野党勢力も、米国主導の合意によってイスラエルの行動が制約されかねない状況を、ネタニヤフ政権による外交的失敗として厳しく批判している。

 また、イスラエル側の論理に立てば、米国・イラン間の停戦合意にレバノン戦線が含まれること自体も受け入れがたいものとなる。イスラエルが戦っているのはレバノンという国家ではなく、ヒズブッラーという「テロ組織」(※ヒズブッラーはレバノンの国会に議員も輩出しているため完全な武装組織とは言えない)である。イスラエル側から見れば、本来、レバノン国内に存在する武装組織を治安上の観点から統制し、武装解除する責任を負うのはレバノン政府である。そのため、これまでの停戦取り決めも、実際にイスラエルと交戦しているヒズブッラーとの直接合意ではなく、レバノン政府との合意という形式をとってきた。仮にイスラエルがヒズブッラーと直接停戦合意を結ぶならば、それはヒズブッラーを正統な交渉主体として扱うことになりかねず、レバノン政府の統治主体としての立場をさらに弱めることにもつながる。

 一方で、そのレバノン政府には自国領土を十分に統制する能力が欠如しており、ヒズブッラーの武装解除も実現できていない。したがって、イスラエル側の論理では、レバノン政府がヒズブッラーを抑止できない以上、イスラエルが自衛のために自らヒズブッラーの軍事能力を無力化せざるを得ない、ということになる。

 ヒズブッラーがイランの支援を受ける組織であることは、イスラエルも当然認識している。しかし、レバノン戦線の形式上の当事者は、イスラエル、レバノン政府、そして実際に戦闘を担うヒズブッラーであり、イランはレバノン領内の治安維持や武装解除に責任を負う主体ではない。イランがヒズブッラーをめぐる停戦の履行に関与するような構図は、イスラエル側から見れば、レバノン政府の責任を曖昧にし、イランにレバノン情勢への発言権を与えるものとなる。これは、レバノン政府にヒズブッラーの武装解除責任を求めてきたイスラエルの従来の論理とは相いれるものではない。

 レバノンのヒズブッラーにしろ、ガザ地区のハマースにしろ、イスラエルが対立している相手は、国際的に承認された主権国家ではない。こうした非国家主体や準国家主体が、イランの支援を受けつつイスラエルに対して攻撃的な立場を取る背景には、パレスチナ問題を含む、イスラエルと周辺地域との長期的な対立構造がある。したがって、パレスチナにおける状況を改善することは、長期的にはイスラエルの安全保障環境を改善する可能性がある。しかし、パレスチナに対して強硬な立場を取る政党がイスラエル政治の中心を占めている限り、そうした方向に政策が転換する可能性は低いとみられる。

 今後もイスラエル政府は、レバノン政府に対し、ヒズブッラーの武装解除や南部国境地帯の統制を求めて外交的圧力をかけていくとみられる。あわせて、米国に対しても、ヒズブッラーの軍事能力の無力化を働きかけるであろう。しかし、それでもレバノン政府の取り組みが不十分であり、イスラエル北部への脅威が取り除かれていないとイスラエルが判断すれば、米国・イラン間の合意にかかわらず、自衛を理由としてレバノンでの軍事活動を継続・再拡大する可能性がある。

(主任研究員 平 寛多朗)

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