中東かわら版

№41 モロッコ:移民を背景に進む受刑者移送、犯罪人引渡条約

 ここ数日、ヨーロッパ在住のモロッコ国籍保有者をめぐる司法協力について、モロッコとベルギー、オランダ両当局の協議が、モロッコ・メディアで報じられた。

 モロッコ・メディアの『MAP』や『HESPRESS』は、2026年6月12日付で、ワフビー法相がモロッコを訪問中のベルギーのフェルリンデン法相と会談したと報じた。フェルリンデン法相側から出された声明によれば、ベルギーで有罪判決を受けたモロッコ人受刑者をモロッコに移送することはベルギー側の「最優先事項」となっている。声明では、ベルギーの刑務所収容者の約1割がモロッコ国籍であると述べられている。今回のモロッコ訪問の目的も、ベルギーからのモロッコ人受刑者移送に関する協議が目的だったとみられる。

 これに先立つ6月9日、モロッコ・メディア『Morocco World News』は、ベルギーのモロッコ系住民は、2021年以来、ベルギーにおける外国ルーツのコミュニティの中で最大の集団を形成していると述べ、2025年にはブリュッセル首都圏地域の住民の10人に1人以上が、出生時にモロッコ国籍を有していた者であったと報じた。モロッコは国籍に関して血統主義を採用するため、ベルギーで生まれても父または母がモロッコ国籍保有者であれば、原則としてモロッコ国籍が与えられる。

 モロッコは、1964年にベルギーと外国人労働者協定を結び、ベルギーに労働力を供給してきた。同協定による新規労働移民の受け入れは1974年に停止されたが、モロッコ人コミュニティは存在し続け、約2012年までには50万人のモロッコ人がベルギーに定住していた。

 モロッコとオランダとの司法協力についても、モロッコ・メディアで報じられた。2026年6月15日付の『Morocco World News』は、オランダの下院が、モロッコとの犯罪人引渡条約を圧倒的多数で承認したと報じた。条約が発効すれば、両国は容疑者および有罪判決を受けた者の引渡しを要請することが可能となる。対象となる犯罪には、殺人や暴力犯罪、資金洗浄などが含まれている。

 モロッコはベルギー同様オランダとも、1969年に外国人労働者協定を結び、労働力を供給してきた過去がある。現在、オランダ人口の2.4%に相当する約43万人のオランダ在住者がモロッコにルーツを持つと言われている。

評価 

 今般の受刑者移送に関するベルギーの目的は、同国における刑務所の負担を軽減することにある。ベルギー側がモロッコへの移送を求めている「モロッコ人」が、ベルギーとモロッコの二重国籍者であるか否かは、モロッコ・メディアでは報じられていない。しかし、刑務所収容者の約1割がモロッコ国籍保有者であることを考えれば、モロッコ国籍者の収容に伴うベルギー側の負担は無視できないものとなっている。今般の協議は、モロッコ側にその負担の一部を引き受けることを要請する形となっている。

 オランダとの司法協力に関しては、モロッコが犯罪者にとっての「安全地帯」となっていたことが背景にあるとみられる。これまでモロッコとオランダの二重国籍者が罪を犯し、モロッコへと逃げた場合、オランダが取れる手段は限られていた。今般オランダで承認された引渡条約では、モロッコが二重国籍者を含むモロッコ国民の引き渡しを行うことを強制するものではないが、オランダへの引き渡しに応じない場合、モロッコで訴追することが義務づけられている。

 モロッコ国籍受刑者の負担あるいはモロッコ国籍容疑者への訴追を両国が求める背景には、ベルギー、オランダ国内における反移民感情も関係していると思われる。ベルギーには「フラームス・ベランフ」党(国会で150議席中20議席保有)に代表される反移民・反イスラームの政治潮流が存在し、また顔を覆う服装の禁止など、治安上の問題を理由としてイスラーム的実践への制限も行われてきた。オランダでは、自由党のウィルダース党首が反イスラームとして知られている。自由党は2023年に行われた総選挙で議会第1党となった政党である。その党首であるウィルダース氏は、2026年6月のワールドカップ・モロッコ対ブラジル戦を前に、祈りを捧げるモロッコ選手の写真に、「くたばれ、アッラー」という文言を付けてSNSに投稿し、物議をかもした。

 他方、モロッコがベルギー、オランダとの司法協力に応じる背景には、西サハラ問題をめぐる外交的見返りが関係している。モロッコは西サハラの帰属をめぐり、長年ポリサリオ戦線と対立してきた。しかし、2025年10月31日に国連安保理決議2797号が採択されモロッコ主導の西サハラ自治案が国際的に支持された。これに先立つ10月23日、ベルギーはモロッコと西サハラに関してモロッコの立場に理解を示す協力協定に署名していた。オランダに関しても、2025年12月5日に、西サハラ問題に関してモロッコの自治案を支持する共同宣言をモロッコと共に出している。

 ベルギーからの受刑者受け入れ、オランダとの犯罪人引渡し、またはモロッコ国内での訴追は、モロッコに財政的・人的負担をもたらす。一方で、欧州諸国から西サハラ自治案への支持を積み上げることは、モロッコにとってそれを上回る外交的見返りとなり得る。モロッコは、西サハラ問題を軸とし、ヨーロッパが抱える移民管理、刑務所過密、組織犯罪対策上の要請に応じていくことで、同問題における自国の立場を強化していくとみられる。

(主任研究員 平 寛多朗)

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