№32 チュニジア・リビア:移民問題をめぐり強まる主権意識と国際機関不信
ここ最近、チュニジアとリビアでは、サハラ以南アフリカ出身者を中心とする移民への反発や警戒感の高まりを示唆する報道がみられる。
2026年6月7日付の『Africanews』は、チュニジアの首都であるチュニスの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)前で、6日、抗議者らがサハラ以南アフリカからの非正規移民の本国送還と、UNHCRのチュニジアからの撤退を求める抗議活動を行ったと報じた。
これに先立つ5日には、チュニジアのメディアである『Jawhara FM』や『Mosaique FM』が、サハラ以南アフリカ出身者に対する襲撃を写した動画がネット上で拡散されたことを受け、治安当局が捜査を行い、襲撃に関与した容疑者を特定・逮捕したと報じた。なお、捜査の過程で、この動画は5年前に発生した事件を撮影したものであることが判明した。
他方、2026年6月2日付の『Libya Observer』は、リビア西部政府の国民統一政府(GNU)に属する外務省が、SNS上で拡散されている非正規移民に関する情報を監視していると述べたうえで、いかなる定住計画も拒否すると表明したと報じた。3日付の『Şaḥīfa al-‘Unwān』は、東部政府の国民安定政府(GNS)が、リビアは法を犯した移民や外国人の定住を認める国ではないと述べたと報じた。また同紙は4日に、トリポリのUNHCR前で難民の流入・認定、移民の定住に反対する抗議活動が行われたと報じた。同紙によれば、この抗議活動は、非正規移民問題や移民に関する国際機関の役割に意見を表明する呼びかけの下で行われた。
こうした動きに対し、国連リビア支援ミッション(UNSMIL)は6日、国連およびUNHCRはリビアで移民の定住プログラムを実施していないと説明した。また、トリポリにある在リビア・カタル大使館も、カタルがリビアで移民定住を支援しているとのSNS上の情報を否定した。
評価
今般の一連の報道の背景には、チュニジアとリビアが、欧州への移民流入を抑止するための緩衝地帯として位置づけられてきたことがある。地中海を挟んでイタリアに近い両国は、長年、欧州を目指すサハラ以南アフリカ出身の移民の主要な通過点となってきた。近年、EUは移民がヨーロッパの海岸に到達するのを阻止することに主眼を置き、チュニジアやリビアの当局に国境管理、非正規移民の取り締まりを要請する傾向を強めてきた。その結果、両国は欧州を目指す移民の単なる通過点にとどまらず、移民が域内に滞留する場所にもなっている。
特にリビアには、チャドやニジェール等からの非正規移民に加え、スーダン内戦で生じた難民も流入している。その結果、リビアでは移民・難民問題が、単なる治安や人道上の問題にとどまらず、「主権」をめぐる問題の一部とみなされるようになっている。例えば、大統領評議会のメンフィー議長は、今般の抗議活動に関し、リビアの安全保障、主権、国家統一、文化的アイデンティティは妥協できないレッドラインであると述べている。
同様に、チュニジアでも、非正規移民問題は国家にとって極めて重要な問題として認識されている。実際、2023年2月には、チュニジアのサイード大統領が、サハラ以南アフリカ出身者を含む大量の非正規移民が、アラブ系住民が多数を占めるチュニジアにとって人口構成上の脅威となっていると述べ、物議を醸した。今般、両国でみられた一連の抗議活動は、真偽不明のSNS上の情報が発端となっている面がある。しかし、移民・難民に関するそうした情報が広く拡散し、政府機関や国際機関が反応せざるを得なくなっていることは、両国において移民・難民への反発が水面下で蓄積していることを示唆している。
他方、両国でみられる反移民・反難民感情の政治的影響には違いがある可能性がある。リビアでは、国際機関やカタル大使館がSNS上で拡散された情報を否定する声明を出していることにみられるように、移民・難民に対する不満が国際機関や外国に向かいやすい。つまり、国際社会が移民・難民をリビアに定住させようとしているのではないかという疑念が国内にあり、それが国際社会への不信につながっている可能性がある。この不信の背景には、2011年以降の内戦の中で、各国の思惑が交錯し、現在も国家機関が統一されず、西部政府のGNUと東部政府のGNSに分裂していることも無関係ではないだろう。こうした不信感は、UNSMILを中心とするリビア再統一に向けた国際社会の取り組みに対しても、将来的な障害となる可能性がある。
チュニジアに関しては、UNHCR前で抗議活動が行われたものの、基本的には中央集権的な国家が「非正規移民対策」を主導している。今般報じられたサハラ以南アフリカ出身者に対する襲撃動画の拡散に関しては、当局が容疑者を拘束しており、人種差別的暴力そのものを容認しない姿勢も示している。他方で、サイード政権は非正規移民の取り締まりを強化しており、移民問題を主権や治安の問題として位置づけている。こうした政策は、経済低迷や強権化への不満が高まる中で、移民問題を治安・主権の問題として前景化させ、サイード大統領が国家と社会を守る指導者として支持を固める材料にもなりうるだろう。
今般の一連の報道は、チュニジアとリビアの双方で移民・難民に対する不満が高まっていることを示している。しかしその政治的な影響は国によって異なっているとみられる。リビアでは、国家分裂と国際社会への不信を背景に、反移民感情が国際機関や外国への疑念として表出している。これに対し、チュニジアでは、中央集権的な国家の下で、反移民感情が治安・主権を掲げる大統領権力の支持基盤と結びつきやすいと考えられる。両国の反応の違いは、移民問題が単なる治安問題ではなく、それぞれの国の政治的状況を反映していることを示している。
(主任研究員 平 寛多朗)
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