№29 チュニジア:ナフダ運動の秘密組織事件で懲役10年から終身刑の判決
2026年6月2日、チュニジア・メディアは、2013年に左派の政治家であるシュクリー・ベルイードとムハンマド・ブラーヒミーの暗殺にナフダ運動の秘密組織が関与したとされる事件に関し、初等裁判所が35人の被告人に対し終身刑から懲役10年までの刑を言い渡したと報じた。主だった判決は次のとおりである。
・ムスタファー・ハズル:終身刑および懲役96年
・リダー・バールーニー他9名:終身刑および懲役76年
・ファトヒー・バラディー:終身刑および懲役50年
・アブドゥルアジーズ・ダグスニー(ナフダ運動幹部):終身刑および懲役37年
・カマール・バダウィー:終身刑および懲役32年
・サミール・ハンナ―シー:終身刑および懲役30年
・ラーシド・ガンヌーシー(元国会議長、ナフダ運動指導者):終身刑および懲役30年
・カイス・バッカール:懲役48年
・ベルハサン・ナッカーシュ:懲役46年
・アリー・アライド(元首相、元内務相、ナフダ運動幹部):懲役42年
・アリー・フルシーシー:懲役34年
評価
今般の判決は、ナフダ運動がチュニジアの政治において主要勢力として存続する余地がほぼなくなったことを示している。ナフダ運動は、2011年のいわゆる「アラブの春」以降、チュニジア政治の中心にいたイスラーム主義の政党・運動である。2011年の国会選挙で第1党となった同運動は、その後も議会内の主要勢力として、連立政治や政府運営に大きな影響力を持ってきた。一方で、同運動は議会における世俗派勢力との対立を繰り返し、チュニジアの政治的停滞の一因ともなってきた。今般の判決の背景にあるシュクリー・ベルイードおよびムハンマド・ブラーヒミーの暗殺事件も、イスラーム主義勢力と世俗派勢力の対立が激化していた2013年に発生している。
しかし、カイス・サイードが2019年に大統領に就任すると、2021年7月に議会を停止し、2022年には議会を解散した。さらに、2023年にナフダ運動の指導者であるガンヌーシーが逮捕され、同運動の事務所も閉鎖されるなど、同運動の政治的な周縁化が進められた。ガンヌーシーはすでに複数の事件で有罪判決を受けているが、今般の判決では、アリー・アライド元首相・元内務相を含むナフダ運動の有力者らと共に、テロ関連事件の責任を問われる形となっている。これは、ナフダ運動の指導部を国家安全保障上の脅威として司法的に位置づけるものであり、同運動をテロ事件と関連付けるものである。このことは、同運動にとって決定的な打撃となる可能性が高い。
今般の判決によって、今後、サイード大統領による権威主義的な統治がさらに強まるとみられる。同運動は、2021年の議会停止後、サイード大統領による権力集中に反対する主要な政治勢力の一つであり、救国戦線等の反対派連合を通じて政権への批判を続けてきた。チュニジア労働総同盟(UGTT)等の勢力が依然として存在するものの、ナフダ運動との連携や同運動を軸とする反対派活動への監視・制限が強まれば、サイード大統領に対抗し得る全国的な政治勢力はさらに弱体化することになる。
またナフダ運動の影響力が弱まることで、イスラーム主義勢力が政党政治を通じて国家運営に関与する余地が狭まる可能性がある。同運動はチュニジア最大のイスラーム主義運動であり、同運動に代わって全国的な政治勢力となり得るイスラーム主義組織は現時点では見当たらない。そのため同運動は、イスラーム主義勢力が合法的な政党政治に参加するための主要な受け皿となってきた側面がある。一方、「アラブの春」以前のチュニジアでは、一夫多妻制の禁止や学校・公的機関における女性のベール着用の制限等、国家主導で「世俗化」を進める体制が築かれてきた。ナフダ運動を通じた政治参加の回路が閉じてしまえば、イスラーム主義勢力が政党政治を通じて国家に影響を与える余地は縮小し、国家が宗教と政治を上から管理する傾向が一段と強まる可能性がある。
サイード大統領は、チュニジア社会における賄賂や汚職等の「政治的腐敗」の撲滅を掲げて、大統領の権限を強化してきた。しかし、腐敗の撲滅を名目として権力を大統領府周辺に集中させれば、むしろ権力監視の仕組みが弱まり、新たな腐敗や恣意的統治を生み出す可能性もある。また、大統領に権力が極端に集中し、批判勢力やイスラーム主義の団体を許さない体制は、「アラブの春」以前のチュニジアの状況に近づいている。2011年から15年が経過し、チュニジアでは改めて「アラブの春」とは何であったのかが問われる状況となっている。
参考
「チュニジア:軍は中立性を維持すると国防省が声明」『中東かわら版』No.22。
「チュニジア:ナフダ党のガンヌーシー党首の逮捕、党本部の閉鎖」2023年度No.9。
「チュニジア:「カルテット」にノーベル平和賞」『中東かわら版』2015年度No.98。
(主任研究員 平 寛多朗)
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