中東かわら版

№24 イスラエル:超正統派徴兵法案をめぐり高まるクネセト解散圧力

 ここ最近、連立政権を支えてきたユダヤ教超正統派政党が、ネタニヤフ政権に対して距離を取る姿勢を示している。

 2026年5月25日、ユダヤ教超正統派政党であるデゲル・ハトーラー党の精神的指導者であるドヴ・ランドー師は、統一トーラー・ユダヤ連合(UTJ)の議員に対し、超正統派関連法案をめぐり、ネタニヤフ連立政権との協力を停止するよう指示した。UTJは、超正統派政党であるデゲル・ハトーラー党とアグダト・イスラエル党からなる政党勢力であり、イスラエル国会(クネセト)において7議席を有し、ネタニヤフ政権を支えてきた。ドヴ・ランドー師は、デゲル・ハトーラー党の党首ではないが、宗教的政党である同党において極めて影響力の大きい精神的指導者である。

 この動きは、クネセト解散法案をめぐる動きと連動している。2026年5月13日、ネタニヤフ首相が党首を務めるリクード党所属のオフィル・カッツ院内幹事は、連立側の法案としてクネセト解散法案を提出した。これは野党側から解散法案提出の動きがあり、連立側がそれに先んじることで解散と選挙日程を与党の管理下に置く狙いがあったとみられる。

 連立政権側から出された解散法案に対し、UTJと同じく超正統派政党であり連立政権を支えてきたシャス党は支持の立場を示し、5月20日には解散法案が予備読会を通過していた。これにより、野党から解散プロセスの主導権を奪う狙いが強かった解散法案は、その可決が現実味を帯びてきた。

 イスラエルでは、超正統派のユダヤ教徒神学生は、建国以来、兵役を実質的に免除されてきた。現在、審議されている徴兵法案は、超正統派のユダヤ教徒神学生の徴兵を可能にするものであり、イスラエル国内では一部の超正統派ユダヤ教徒から激しい反発が起きていた。しかし、この徴兵法案は兵役拒否者をチェックする機能がなく、実質的な「兵役免除」を法制度化するものとして、リクード党内でも反発が起きていた。他方、超正統派政党は、徴兵免除を制度的に維持する手段として、基本的に法案成立を求めてきたが、リクード党内でも意見の一致が見られず、同法案の可決が不透明な状況であることから、ネタニヤフ首相に対する不信感を強めていた。

評価 

 今般のクネセト解散をめぐる動きは、ネタニヤフ首相の退陣を超正統派政党が望んでいることを意味するものではない。イスラエルで行われている各種世論調査によれば、次回選挙ではベネット元首相とラピード元首相の政治連合「共に」や、元イスラエル軍参謀総長アイゼンコット氏の「ヤシャル」党の躍進が見込まれている。両政治勢力はいずれも、現在審議中の徴兵法案を実質的な兵役免除の制度化として批判しており、仮に両勢力を中心とする政権が成立すれば、徴兵免除を守りたい超正統派政党にとっては現在より厳しい状況に置かれる可能性がある。解散法案支持の姿勢を示しているとはいえ、超正統派政党にとって、ネタニヤフ首相が自派の利益を実現するうえで最も交渉しやすい相手であることに変わりはない。

 今般の一連の動きは選挙を見据えた駆け引きの側面が強い。イスラエルでは、解散法案が可決されなくても10月27日までに議会選挙が実施される予定となっている。解散法案が可決されたとしても、イスラエルの法律では90日間選挙を行うことができないため、選挙が行われるのは早くて9月であり、既定の選挙日程から大きく前倒しされるわけではない。可決の如何を問わず、秋に選挙があることに変わりなく、超正統派政党としては、その選挙を見据え支持層に対して徴兵免除を守る姿勢を示す必要がある。そのため、超正統派政党は、解散を交渉カードとして用いることで、実質的な「兵役免除」となる徴兵法案の可決や、自らに有利な政策の実現をネタニヤフ首相に迫っているとみられる。

 超正統派が、徴兵法案をめぐり、解散をちらつかせるのはこれが初めてではない。2026年に入ると超正統派政党は、超正統派側が受け入れられる形での「徴兵法案」が進まなければ、2026年度予算案に応じない姿勢を示していた。イスラエルの法律では、3月末までに予算が成立しない場合、クネセトは自動的に解散となる。こうした中、2月末に米国とイスラエルが対イラン攻撃を開始し、イランも報復攻撃を行ったことで安全保障危機が深刻化した。そのため、超正統派徴兵法案はいったん脇に置かれ、対イラン戦争への対応を含む2026年度予算の成立が優先された。

 2026年5月18日付の『Jerusalem Post』は、ネタニヤフ連立政権が連立政権所属議員に徴兵法案に賛成票を投じるよう圧力をかけたと報じた。解散法案が可決される可能性も視野に入る中、ネタニヤフ首相は早期解散を回避するため、徴兵法案の成立に向けた調整を急いでいるとみられる。他方、5月26日付の『The Times of Israel』は、ネタニヤフ首相が、軍にヒズブッラーへの攻撃強化を命じたと報じた。これはヒズブッラーによるドローン攻撃の増加を受けたものであり、これによりイスラエル北部・レバノン戦線の緊張は高まっている。現在イスラエルは、レバノン、イラン、ガザを含む複数の安全保障危機を同時に抱えており、安全保障上の情勢変化が、解散法案や徴兵法案をめぐる審議日程にも影響を及ぼす可能性がある。イスラエルでは、内政と安全保障が相互に影響し合う複雑な状況の中で、選挙を見据えた政治的駆け引きが行われていると言える。

【参考】

イスラエル政治を左右するユダヤ教超正統派――徴兵法問題と連立政権の行方」『中東分析レポート』R25-05。※会員限定。

(主任研究員 平 寛多朗)

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