№11 エジプト:家族法改正の議論が進む中、扶養料不払い者が出国禁止へ
女性の自殺動画を契機として、エジプトで家族法改正の動きが現れている。
2026年4月12日、『Ahram』はFacebookのライブ配信を行っていた若い女性が飛び降り自殺したことを報じた。自殺した女性のアカウントには、離婚後に経済的支援を受けられない中での子育ての苦悩が書かれていた。また、女性は「私の子どもたちをよろしく」とも書き込んでいた。
この自殺はエジプトの家族法の「制度的欠陥」と関連しているとみられる。現行のエジプトの家族法は、古典的なイスラーム法を基礎として20世紀前半に作られたものである。その家族法は、女性の権利を著しく侵害するものであるとエジプト国内外で指摘されてきた。法律が作られた当初、夫側の同意のない妻側の請求による離婚は基本的に認められなかったが、何度かの法改正を経て、1985年までには、結婚生活の継続の障害となる夫の「有害行為」を証明できれば、夫側の同意なしで妻側の請求による離婚が認められるようになった。ただし妻側によるその立証は容易なものではなく、妻側からの離婚のハードルは低くなかった。
2000年の法改正によって、「有害行為」の立証なしに妻側からの離婚要求および離婚の成立が可能となった。しかし、それは離婚に伴う法的権利の放棄を伴うものであった。放棄する「法的権利」には待婚期間中の扶養料、2年分の生活費、残余の婚資請求権が含まれ、婚資金の返還・放棄が含まれていた(※男性側から女性側への婚資金の支払いはイスラーム法において宗教的義務となっている。従来、結婚前に支払われていたが、婚資金の高騰により、結婚時と離婚時に分割されることが増えた)。
なお、1929年法律第25号では、子どもの養育権は男子が10歳、女子が12歳まで母親またはその他の女性親族に与えられると規定されていたが、2005年法律第4号により、男女ともに15歳に年齢が変更された。15歳以降は、子どもは誰と暮らしたいかを選択することができるようになったが、幼少期の養育は妻側が行うことには変わりがない。
本来、夫側の請求による離婚の場合、扶養料の支払い義務が夫側に発生するが、支払いを怠る者も珍しくないとみられ、支払いの「遅延」に対する苦情が増加していると報じられている。エジプトでは離婚後に、幼児を養育する女性側が経済的に不利な状況に置かれる可能性が高く、とりわけ妻側からの申し立てによる離婚の場合には、その傾向がより強かった。
今般報じられた女性の自殺は、離婚した女性の状況をめぐりエジプト社会で大きな議論を呼んだ。その議論の高まりは、国家も無視できないものとなり、4月13日にはシーシー大統領が結婚・離婚に関わる家族法の改正を命じたと報じられ、4月21日の下院議会で同法の改正法案が審議される予定となった。さらに4月20日、エジプトの『Ahram』は、「裁判所が命じた扶養料が不払いであり、かつ執行可能であると判決を受けた者」を、出国禁止リストおよび監視対象者リストに掲載するよう検察当局が命じたと報じた。
評価
今般の自殺をめぐる一連の動きは、エジプトにおける家族法の制度的欠陥の是正に向けて国家が動き始めたことを示している。報じられているところによれば、改正法案では、訴訟を経ることなく直接支払われる扶養料を最低月額1万エジプト・ポンド(約3万円)とする規定が盛り込まれる予定となっている。また、夫側の経済力が認められれば、女性は裁判所を通じて男性の財産の最大3分の1を請求できるようにすると報じられている。
離婚後における女性の経済状況改善を目指した法改正の動きとなっているが、その効果は不透明である。改正法案は月額の最低扶養料を1万エジプト・ポンドとすることを目指しているが、この額は最低賃金を少し上回る程度であり、子育てを行うには不十分であろう。また現在でも、離婚した場合、夫側の収入や資産を証明することはしばしば妻側の責任とされることも多く、法で支払いを義務付けても、その立証責任や手続きに要する時間が大きく軽減されるわけではない。エジプトには、離婚に伴う経済的困窮を防ぐための法的規範だけでなく、離婚後の女性を支える福祉制度も必要である。
家族法改正の動きは、女性の自殺動画がSNSを通して拡散され、社会的反響を呼んだことで生じた。イスラームでは自殺が禁止されており、ときに自殺は家族の「恥」とされ自殺であることが伏せられることもある。そのような中で、若い女性が自らの死を選ばざるを得なかった苦しい状況は、多くのエジプト人、とりわけ女性には理解・共感できるものであり、それゆえ大きな社会的議論を生んだと考えられる。
エジプトでは家族法の改正が議論されるたびに、ムスリム同胞団に属するようなイスラーム系議員らから反対の声が上がってきた。現在のシーシー政権の下では、ムスリム同胞団はテロ組織として指定されており、その政治的影響力は著しく低下している。しかし一方で、宗教を軸とする保守系の議員も一定数おり、社会的にも保守的な考えを支持する者たちも依然として影響力を維持していると思われる。
今般、扶養料の支払いを怠る者を出国禁止リストや監視対象者リストに加えるとする報道は、シーシー政権の強い意志を示すものと言える。4月21日から議論される改正家族法案の行方は、シーシー政権が、こうした保守的・イスラーム主義的反対をどこまで抑え込めるのか、またエジプトにおける宗教と女性の社会的位置づけをいかに再編しようとしているのかを示す試金石となっている。
(主任研究員 平 寛多朗)
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