中東かわら版

№79 レバノン:シリア人の密入国が続く

 シリア紛争の際に国外に脱出したシリア人の帰還は国際的な関心事で、各国で難民・避難民としての保護の打ち切りやシリアへの「自発的」帰還の奨励などが進められている。しかし、レバノンではシリア人の密入国が依然として続いており、シリアへと出国した者よりもシリアから入国した者の方が多い模様である。2026年10月1日付『ナハール』紙(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、本件につき要旨以下の通り報じた。

*アサド政権打倒から20カ月ほどが経過し、治安状況というシリアからレバノンへの避難の理由はなくなった。しかし、レバノンへのシリア人の密航は、北部国境地帯を中心に活発に続いている。

*シリアからの密航者の一人は、レバノンへの密航の理由をシリアの経済状況が悪いことだと説明した。シリアでは労働者1人が得られる収入はよくて1日10ドル程度だが、レバノンでは日給が最低20ドルで、それより収入がよくなる可能性もある。

*体制転換によりシリア人避難民数十万人が帰還すると予想された中、シリア人避難民危機は公式には大方忘れ去られた。しかし、実際の状況は恥ずべきものである。レバノン政府は、2024年12月以降シリア人避難民70万人が帰還したと発表しているが、レバノン在住シリア人の人数を把握するのは困難だ。レバノンの治安機関はシリア人密入国者の人数を把握していない。治安筋は、両国間の長く入り組んだ国境を管理するのは困難で、密航路を塞ぐこともできないと述べた。

*治安筋によると、レバノンを経由してヨーロッパに密航しようとするシリア人は大きく減少した模様だ。密航船もほとんど摘発されていない。

*レバノンに密航を試みるシリア人は両国の国境付近に集合して越境するが、彼らの中には徒歩の者もいる。その後密輸業者が検問所を迂回しつつ彼らをレバノン国内へと運ぶ。主な密航路は、(両国の国境を流れる)カビール川、カーウ地区、西ベカーウ地区、タフーム・シャブアーなどである。密航のための料金は、1人150~200ドルで、1回の密航の人数によって変動する。

評価

 レバノンは、伝統的にシリアの経済不振や失業問題の安全弁として機能してきた。また、レバノン側も、シリア人の低賃金の不法就労を利用する雇用者・経営者が少なくない。物価の高騰などが原因で現在のシリアの経済・社会状況は良いとは言えないため、この構図はシリア紛争やシリアの政治体制とはかかわりなく当分続く可能性が高い。また、治安状況もレバノン北部と隣接するシリア西部・沿岸部を中心に不安定な状態にある。この地域では、2025年3月ごろにアラウィー派信徒をはじめとする民間人への広汎な襲撃・殺害事件が発生し、レバノンへの脱出者が増加した経緯がある。また、レバノンとシリアの両国の間は国境地域を中心に親族関係で結ばれていると信じられており、こうした地縁・血縁関係も両国間の非正規の往来の促進要因だ。密航・不法就労を含むシリアからレバノンへの出稼ぎは両国の経済力の差に起因する構造的・伝統的なものではあるが、レバノンでも経済不振が長期化しており、このことが国内に滞留するシリア人への世論を硬化させている。

(特任研究員 髙岡 豊)

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