№70 エジプト:トルコ参加のメッカ共同防衛協定に慎重姿勢
2026年8月13日、エジプトとトルコは、輸送・物流の連結性や自由貿易に関する複数の文書に署名した。また、アブドゥルアーティー外相はトルコのフィダン外相とエジプトのアラメインで会談し、車両を直接船舶に積載して輸送する海上ルートの再開に向けた協議の進捗状況を確認した。
会談後、フィダン外相は共同記者会見で、エジプトがメッカ共同防衛協定に参加することへの期待を表明した。トルコは8月7日、サウジアラビア、パキスタンと同協定を締結していた。同協定は集団的抑止力の強化を目的としており、署名国のいずれかに対する武力攻撃は、署名国すべてに対する攻撃とみなすと規定している。
トルコ側の呼びかけに対し、アブドゥルアーティー外相は、防衛協定への参加については慎重な検討が必要であると述べ、法的・憲法上の影響を十分に精査しなければならないと強調した。エジプトは3月29日にトルコ、サウジアラビア、パキスタンとイスラマバードで4カ国外相会合を開催して以降、4カ国による枠組み「R4」の一員として、地域の緊張緩和や米国・イラン間の外交的解決に向けた協議を重ねてきた。エジプトはR4としての活動を継続する一方、R4を構成する他の3カ国が締結したメッカ共同防衛協定への参加については、慎重な姿勢を示す形となった。
評価
エジプトは、数十年にわたり地域紛争への大規模な軍事介入を避ける慎重な外交姿勢をとってきた。今般のアブドゥルアーティー外相の発言も、その延長線上にあるものと考えられる。メッカ共同防衛協定を締結した3カ国はいずれも、既に他国との軍事的対立やその可能性を抱えている。サウジアラビアは2月以降、イランから攻撃を受け、パキスタンはアフガニスタンとの越境攻撃や国境での戦闘を繰り返しているほか、2025年5月にはインドとの間で大規模な軍事衝突が発生した。トルコについても、2026年3月にはイランから飛来した弾道ミサイルが領空に侵入した。また、トルコはイスラエルとの対立が深まっており、両国がシリアを舞台に軍事的に衝突する可能性も否定できない。実際、8月18日にはイスラエルがトルコ軍の展開を警戒してシリアのアブー・ズフール空軍基地を攻撃している。
こうした3カ国にとって、同協定には自国が抱える安全保障上のリスクを他の署名国と共有し、相互防衛による抑止力を高める利益がある。一方、現在、他国との直接的な軍事衝突を抱えていないエジプトにとっては、加盟によって得られる安全保障上の利益よりも、他の署名国が抱える紛争に巻き込まれるリスクが相対的に大きいと考えられる。
しかし、エジプトが集団防衛体制の構築そのものに消極的なわけではない。実際、米国・イスラエルによるイラン空爆への報復が激化した3月、アブドゥルアーティー外相は、シーシー大統領の指示の下、エジプトが「アラブ共同軍」構想の再活性化に向け、アラブ諸国と協議を進めていると明らかにした。アラブ共同軍構想は、アラブ諸国の安全や主権に対する脅威への共同対処を目的として、2015年のアラブ連盟首脳会議で承認された。テロ組織による脅威への対応もその任務として想定され、統一的な軍事組織の創設に向けた協議が進められた。その後、指揮系統や資金をめぐる意見の不一致で停滞していたが、2026年に入り湾岸諸国を中心にイランによる攻撃が相次いだことを受け、エジプトは同構想の再活性化に動いていた。シーシー大統領も、湾岸諸国の安全はエジプトの国家安全保障と不可分であるとの立場から、アラブ諸国による集団安全保障の強化を訴える外交活動を活発化させた。
アラブ共同軍構想とメッカ共同防衛協定の大きな違いは、後者にはトルコ、パキスタンという非アラブ諸国が参加している点にある。なかでも、イスラエルとの対立を深めるトルコが参加する相互防衛協定は、エジプトにとって大きなリスクとなる可能性がある。エジプトは1979年にイスラエルと平和条約を締結し、それ以降、イスラエルの安全保障を重視する米国から多額の援助を受けてきた。現時点において、トルコとイスラエルが直接軍事衝突する可能性は低いとみられるが、仮にシリア国内でのイスラエル軍による攻撃が、トルコ軍人や施設に及び、トルコがこれを自国に対する武力攻撃と認定してメッカ共同防衛協定に基づく協力を加盟国に要請した場合、同協定とイスラエルとの平和条約の間でエジプトは極めて難しい状況に直面すると予想される。
また、エジプトがメッカ協定に参加した場合、イスラエルはトルコ、サウジ、エジプトという地域の主要軍事大国で構成される相互防衛枠組みに、結果として包囲される形となる。同協定は米国の関与を前提としたものではなく、エジプトがイスラエルとの対立を深めるトルコを含む相互防衛体制に参加すれば、イスラエルの安全保障を重視する米国の警戒を招く可能性がある。
ここ最近、エジプトはトルコとの関係を強化し、トルコ企業によるエジプトへの投資も進んでいる。さらに、両国間の海上輸送ルートの再活性化などを通じ、経済・物流面での関係強化を図っている。軍事面でも、両国軍による共同訓練が相次いで実施されるなど、協力が拡大している。今般のメッカ共同防衛協定に関するアブドゥルアーティー外相の慎重な発言は、トルコとの関係強化を進める一方、相互防衛義務を伴う関係にまで踏み込むことには慎重な姿勢を維持し、対米・対イスラエル関係との均衡を図ろうとするエジプト外交の一端を浮き彫りにしたといえる。今後、エジプトが同協定に参加する可能性はあるものの、その場合には、イスラエルとの平和条約や米国との安全保障関係と齟齬をきたさないよう、協定上の軍事的義務の範囲について一定の限定を求める可能性がある。
(主任研究員 平 寛多朗)
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