中東かわら版

№69 イスラエル:ヨルダン川西岸地区で入植者がパレスチナ人の住宅を包囲

 ヨルダン川西岸地区では、イスラエル人入植者によるパレスチナ人に対する暴力が増加する中、その取り締まりを強化するための制度変更が、結果としてイスラエルによる同地区の「事実上の併合」を進める動きと結びつくという現象が生じている。
 2026年8月11日付の『エルサレム・ポスト』は、ヨルダン川西岸地区のタイバ村で、入植者2人がパレスチナ人家族の敷地に侵入し、電気設備を切断するとともに、水タンクを空にし、財産を損傷したと報じた。翌12日、同紙は、西岸地区のクスラ村周辺で、入植者がパレスチナ人住宅へとつながる道路を石で塞ぎ、柵を壊したほか、住宅の付近にテントを設置するなどして周辺地域を取り囲んだと報じた。
 これらと類似する事案は、ナーブルス南部のジャルード村でも生じている。入植者は4月以降、村外縁部にある特定のパレスチナ人住宅を標的として、攻撃や放火、包囲を繰り返した。その結果、居住していた家族は7月22日に住宅を離れ、その後、入植者が同住宅を占拠した。
 8月12日に報じられたクスラ村に関しては、イスラエル国防軍(IDF)が入植者の行為を非難し、住宅周辺を「閉鎖軍事区域」に指定するなどして排除を図った。しかし、入植者の完全な排除には至らず、15日付の『エルサレム・ポスト』は、約15人の入植者が閉鎖軍事区域に再び侵入したと報じた。IDFが退去命令を伝えた後、これらの入植者は現場を離れたものの、住民はなお入植者が周辺に残っているとの懸念を示している。
 13日、IDFはゴラニ旅団第51大隊をクスラ周辺に派遣し、巡回や治安任務に当たらせたと明らかにした。ゴラニ旅団は一般的にレバノンのヒズブッラーやガザ地区のハマースとの戦闘を担う主力部隊であり、こうした部隊の投入は事態の深刻さを示すものといえる。
 クスラ村での混乱を受け、14日、カッツ国防相は、ヨルダン川西岸における「イスラエル人コミュニティと住民に対するすべての民間執行権限」をIDFからイスラエル警察に移管する計画を策定するよう指示したと発表した。これを受け、17日、ベン・グヴィル国家安全保障相は、こうした権限の警察への移管について、「イスラエルの主権確立に向けた重要な一歩」と評価した。

評価 

 今般のクスラ村で生じた入植者によるパレスチナ人家屋の包囲は、パレスチナ人を「自発的」に追い出すことで「合法的」に家屋と土地を取得することが目的だとみられる。このような行為が西岸地区で平然と行われる背景には、同地区における制度的な問題がある。

 1995年のオスロ合意Ⅱにより、西岸地区はA地区、B地区、C地区に分類された。今般、入植者による住宅の包囲等の事案が発生したのは、B地区あるいはC地区である。B地区では、パレスチナ自治政府(PA)がパレスチナ人の公共秩序を担う一方、イスラエルはイスラエル人の保護やテロ対策についての治安責任を担っている。また、C地区では、IDFが治安および公共秩序を含む全面的な治安責任を負っている。

 イスラエル警察も西岸地区で活動しているが、その配置は十分とは言い難い。2024年7月にイスラエル会計検査院が公表した報告書によれば、西岸地区を管轄するユダヤ・サマリア地区警察には1174人の警察官が配置されているものの、そのうち巡回警察官は302人にとどまる。同地区警察は、愛媛県とほぼ同じ面積に相当する5670km2を管轄しており、会計検査院は、警察官1人当たりの担当面積の広さが事件への対応時間に直接影響していると指摘している。

 こうした背景の下、西岸地区で入植者による暴力が発生した場合、現場に広く展開するIDFが秩序回復や当事者の排除・拘束などの初動対応に当たることが多く、その後の刑事捜査等をイスラエル警察が担うという構図がみられる。しかし、IDFの主たる任務はパレスチナ人武装勢力への対処やイスラエル人住民の防護であり、入植者に対する民間の法執行は本来の中心的任務ではない。実際、カッツ国防相は14日、少数の過激な入植者を兵士が追い回すことは軍の任務ではないとの趣旨の発言をしている。

 このため、入植者が暴力行為を働いた場合でも、IDFによって現場から排除・一時拘束されるにとどまり、その後の警察による捜査や逮捕、起訴に必ずしも結びつくわけではない。こうしたIDFと警察の役割分担や法執行上の空白が、西岸地区における入植者の暴力を十分に抑止できていない一因となっている。

 2026年上半期における入植者による暴力行為などによる犯罪は、前年同期比で63%増加しており、イスラエルにとって深刻な問題となっている。クスラ村の包囲に関しては、米国のハッカビー駐イスラエル大使が入植者の行動を「テロ」と表現し非難している。親イスラエルの立場で知られる同大使が、このような強い言葉で非難することは異例である。また、こうした暴力によってパレスチナ人に死者が生じれば、国際社会の非難が一層強まる可能性があり、イスラエル政府としても暴力を抑止する必要がある。

 一方、今般の事案では、事態収拾のため、追加部隊としてゴラニ旅団が投入された。こうした主力部隊を入植者による混乱への対応に振り向けることは、IDFにとって大きな戦略的負担となる。こうした中、カッツ国防相は、IDFの負担を軽減し、軍を本来の安全保障任務に集中させるため、西岸地区のイスラエル人住民に関する民間の法執行・秩序維持の権限をイスラエル警察へ移管する計画の策定を指示した。しかし、これはイスラエルの警察権力を西岸地区に拡大し、イスラエル国内に近い形で法執行を行うことへとつながる。ベン・グヴィル国家安全保障相は、こうした権限移管を事実上の「併合」へとつながる道とみなしている。

 ネタニヤフ首相と連立政権を組む極右政党は、西岸地区における入植者の活動を後押しし、結果として入植者による暴力の拡大を招いてきたとの批判がある。こうした中、イスラエルは、西岸地区の治安維持のためにIDFの負担をさらに増やすのか、それとも警察への権限移管を通じて、イスラエルの民間統治を拡大していくのかという難しい選択に直面している。後者は「事実上の併合」を進める動きとみなされる可能性がある一方、仮にこの道を進んだとしても、治安維持に必要な警察官を新たに配置する必要があり、人的コストの増加は避けられない。今般被害を受けたパレスチナ人住民は、インタビューの中で、IDF兵士が撤退すれば入植者による攻撃がさらに激化するとの懸念を示している。イスラエルでは10月に議会選挙が予定されており、次期政権は、西岸地区における治安維持と入植者への対応、さらに同地区の統治のあり方をめぐって難しい判断を迫られると考えられる。

(主任研究員 平 寛多朗)

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