№58 パレスチナ:ガザ政府の「解散」とその問題
2026年7月6日、ガザ地区を実効支配するハマースは、政府緊急委員会を解散すると発表した。同委員会は、ガザ地区の省庁などの行政組織を監督し、事実上の「内閣」に相当する役割を担っていた。
ハマースは、解散の目的について、ガザ地区における行政権をガザ行政国家委員会(NCAG)に移譲することにあると説明した。NCAGは、米国のトランプ大統領が2025年9月に発表した「20項目のガザ和平計画」に基づき、2026年1月に設立されたパレスチナ人テクノクラートによる暫定行政機関であり、ハマースに代わってガザ地区の行政を担うことになっていた。しかし、ハマースの武装解除等の協議が進展しておらず、イスラエルはNCAGのガザ地区入りを認めていない。
同日、ハマースのカーシム報道官は、今回の措置の目的は、包括的な停戦を定着させるためであると述べた。また、ハマース側はNCAGが正式に業務を引き継ぐまでは、既存の行政機関や職員が業務を継続するため、行政上の空白が生じることはないと強調した。
評価
今般の政府緊急委員会の解散によって、ハマースからNCAGへの行政権の移譲が実現するかは不透明である。移譲を妨げる問題の一つが、ハマースを含むパレスチナ諸派の武装解除である。パレスチナ紙『al-Quds』は、6日付で、パレスチナ諸派がミサイルや発射装置を含む重火器を「パレスチナ人の国家的主体」に引き渡すことで合意しているとする情報筋の話を報じている。一方で、重火器以外の武器の扱いに関しては言及していない。このためハマースを始めとするパレスチナ諸派が、全面的な武装解除に合意したとはいえず、ハマース等が一定の武器を引き続き保有する余地が残されている。
重火器の引渡しは、パレスチナ諸派がミサイルなどを用いたイスラエルへの攻撃能力の一部を放棄する姿勢を示すものである。しかし、イスラエルは、ハマースなどの組織が完全に武装解除しない限り、NCAGによるガザ地区の行政運営を認めない可能性がある。今般のガザ地区における解散を受け、イスラエルのサアル外相は、ハマースがNCAGへの権限移譲に応じる姿勢を示しているのは、自らの武装解除を回避するためであるとXに投稿した。さらに、ハマースはガザ地区において、レバノンのヒズブッラーを模倣した統治体制の構築を目指していると指摘した。サアル外相が想定する「ヒズブッラー・モデル」とは、NCAGが行政を担う一方、ハマースが軍事能力を維持し行政に影響力を及ぼす体制を指すとみられる。サアル外相の発言は、NCAGがトランプ大統領の和平計画に基づいてガザ地区の行政を担ったとしても、ハマースが独自の軍事組織や武器を維持すれば、同組織による実効支配は終わらず、地下トンネルや戦闘員などの軍事能力も温存され、イスラエルに対する脅威が残るというイスラエル側の警戒を示している。
同様に、PAにとっても、ハマースの「ヒズブッラー化」は大きな問題となる。PAは、NCAGを恒久的な統治機関ではなく、ガザ地区の行政を暫定的に担う移行期の組織と位置づけている。これに基づき、移行期間の終了後、ガザ地区の行政権をPAに移管し、西岸地区とガザ地区の行政機構が再統合されるべきという立場をPAは取っている。仮にハマースが独自の軍事組織を維持すれば、現在と同様に、PAが管理できない統治主体がガザ地区に残ることになる。7月13日時点で、今般のガザ地区における政府緊急委員会の解散を受け、PAおよびPAを主導するファタハが公式な反応を示したことは確認されていない。この沈黙は、PA側が今回の措置を実質的な権力移譲と評価しておらず、ハマースによる政治的なパフォーマンスにとどまると見ている可能性を示唆している。
一方、ハマースは「抵抗権」を維持する姿勢を崩していないとみられる。6月10日付の『al-Quds』は、カイロで開催された協議において、ハマースが「武器の回収」や「武装解除」といった表現を拒否し、「抵抗の権利」を維持できる「武器問題への対処」という表現を求めたと報じた。また、ハマースは「抵抗のインフラ」という文言についても、病院、倉庫、民間の輸送手段などの非軍事施設まで対象に含めるよう拡張解釈されるおそれがあるとして、受け入れを拒否した。イスラエルは、2025年10月の停戦発効後もガザ地区への空爆をほぼ連日行うとともに、ハマースに批判的なパレスチナ人民兵を支援することで、ハマースへの圧力を強めてきた。また、2026年に入ってからは、ガザ地区の治安維持を担う警察署、警察車両、警察官などを狙った空爆も相次いでいる。
他方、5月28日、イスラエルのネタニヤフ首相は、イスラエル軍の軍事的支配地域をガザ地区の70%まで拡大するよう指示した。また、6月に入ると、イスラエル側で、パレスチナ人のガザ地区外への「自発的移住」を「移動の自由」と位置づける動きも報じられた。さらに、7月8日付の『Jerusalem Post』は、スモトリッチ財務相が、イスラエルはガザ地区全域に大規模に戻ると述べたと報じている。同相はヨルダン川西岸にも言及し、オスロ合意を「消し去る」べきだと発言した。ハマース側が、これら一連の動きを、「移動の自由」を名目としてパレスチナ人をガザ地区外へ排除し、同地区に対するイスラエルの恒久的な支配や併合につなげようとするものと受け止めても不思議ではない。少なくとも、イスラエルが軍事的支配地域を拡大し、空爆を継続する状況下で、ハマースが「抵抗権」を放棄し、完全な武装解除に応じる可能性は低いとみられる。
ハマースは今後も、停戦合意を順守する姿勢と和平プロセスを進める意思を示すことで、イスラエルと国際社会に対して合意の履行を迫っていくと予測される。一方、イスラエルは、ハマースによる武装解除の拒否や軍事能力の維持を「合意違反」と位置づけ、攻撃を継続する可能性がある。今般、ハマースはNCAGへの行政権移譲の動きを示したものの、今後もパレスチナ情勢は、停戦合意の解釈と履行をめぐる双方の対立の中で展開していくとみられる。
(主任研究員 平 寛多朗)
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