中東かわら版

№50 イスラエル:レバノンにおけるイスラエル軍の段階的縮小に関する安全保障付属書の内容

 2026年6月30日付の『The Times of Israel』は、2026年6月26日に米国、イスラエル、レバノンの3カ国がワシントンで署名した三者枠組み合意に付属する「安全保障付属書」の内容を報じた。米国、イスラエル、レバノンの3カ国は、26日にワシントンでイスラエル・レバノン間の紛争終結に向けた「枠組み」に合意していた。枠組み合意では、安全保障付属書に基づき、イスラエル軍(IDF)がレバノン領内で段階的に兵力を縮小し、最終的に再配置するとされていた。枠組み合意の内容は27日付の『The Times of Israel』で既に報じられていたが、安全保障付属書については非公開とされており、その内容は明らかとされていなかった。一方、サウジを拠点とするアラビア語メディア『Asharq Bloomberg』は29日に安全保障付属書の内容を公開していた。『The Times of Israel』は、その内容の信ぴょう性を当局者2名に確認した上で、その全文を報じた。

 安全保障付属書の概要は以下の通りである。

 1.パイロット・ゾーン(段階的IDF縮小のための試験的区間)の設定

・リタニ川南部に最初のパイロット・ゾーンを設定する

・許可されていない活動を行う全ての非国家武装勢力構成員に対して法的措置を取る

・非国家武装勢力に関連する武器庫、トンネル等のインフラの破壊を行う

・レバノン国軍(LAF)が展開し非国家武装勢力による活動再開を防止する

2.実施と検証

・LAFが本モデルの実施を主導する

・イスラエルとレバノンが「レバノン軍事調整グループ(MCG4L)」を設置する

3.安全保障のコミットメント

・LAFがヒズブッラーを含む非国家武装勢力の武装解除を確実に実施する

4.段階再配置

・武装解除および解体プロセスが完了した上で、LAFの展開に併せ、MCG4Lの計画に従った、レバノン領内での段階的かつ条件付きのIDFの縮小、再配置を行う

5.望まれる成果

・レバノン全土におけるレバノン国家の権威の回復

・イスラエルの長期的な安全の確立

6.監視と紛争解決

・米国の仲介の下、定期的な実施状況の確認を行う

・相互の合意により本付属文書は修正が可能である

評価 

 今般『The Times of Israel』が報じた安全保障付属書は、IDFによるレバノンでの軍事行動が継続する余地を残している。付属書によれば、パイロット・ゾーンを設け、武装解除・LAF展開の実施状況を踏まえ、対象区域を変更していくことが想定されている。その計画には「非国家武装勢力に関連する武器庫、トンネル等のインフラの破壊」が明記されている。レバノン南部には、ヒズブッラーが使用している武器庫兼トンネルが多数存在しているとみられる。このトンネルは空爆だけでは完全に破壊することが難しく、内部から破壊する必要がある。そして、トンネル内部にはヒズブッラーのメンバーが潜伏している可能性もある。実際、レバノン南部でIDFが200メートルのトンネルを破壊したことを報じた6月28日付の『The Jerusalem Post』は、トンネルを制圧する際に20名のヒズブッラーのメンバーを殺害したと報じている。IDFの縮小・再配置の条件とされる「非国家武装勢力のインフラ」破壊を進める過程では、IDFとヒズブッラーの衝突が避けられない場面が生じると考えられ、イスラエルはIDFの作戦を支援するため、レバノン南部での空爆も継続する可能性がある。

 付属書によれば、インフラの破壊等を主導するのはLAFとされている。LAFが単独でヒズブッラーを含む非国家武装勢力の武装解除を実施し、レバノン南部の安全を維持できるのであれば、イスラエルがレバノン領内で軍事行動を継続する必要性は大きく低下するはずである。しかし、LAFに既に十分な能力があるのであれば、レバノンでの軍事衝突は抑止できていた可能性がある。つまり同付属はLAFの能力に大きく依存しながらも、その能力不足を織り込んでいるとは言えない。その結果、LAFによる武装解除やインフラ破壊が十分に進まない場合、イスラエルは「条件未達」を理由として、IDFのレバノン駐留や軍事行動の継続を正当化しやすくなる構造になっている。

 また、「許可されていない活動を行う全ての非国家武装勢力構成員に対する法的措置」と付属書に明記されているが、報道を見る限りどの法に則って「許可」の可否を判断するのか明記されていない。そのため、何をもって「無許可活動」と認定するのか、またその判断をレバノン政府、LAF、MCG4L、イスラエルのいずれが実質的に左右するのかは不明確である。

 この安全保障付属書によって、イスラエル・レバノン間の紛争終結の責任はレバノン政府が負うことになった。当事者であるイスラエル・レバノン以外の国が、レバノンにおけるIDFの軍事行動を停戦合意「違反」と非難したとしても、イスラエルにとって合意「違反」の主体はレバノン政府であり、非難されるべきはレバノンであるということになる。イスラエルから見れば、紛争を終結させるためには国際社会が軍を派遣しLAFを更に支援する必要があり、現状それがなされていない以上、イスラエルが単独で合意に則り紛争終結に向けた行動を取っているということになる。

 イスラエルにとってヒズブッラーは、自国を攻撃する非国家武装勢力である。他方、ヒズブッラーは自らを、イスラエルによる「侵略」からレバノンを防衛する「抵抗組織」と位置づけている。この認識の非対称性を踏まえれば、イスラエルが合意に基づく措置としてレバノン領内での軍事行動を継続した場合でも、ヒズブッラー側はそれを合意履行ではなく、イスラエルによる攻撃の継続として受け止める可能性が高い。そのため、同合意が成立したとしても、イスラエルとヒズブッラーの軍事衝突が直ちに停止するかは不透明である。

(主任研究員 平 寛多朗)

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