中東かわら版

№18 イスラエル:キリスト像破壊、聖母マリアの喫煙、メシアのワッペンで兵士が処罰される

 ここ最近イスラエルで、宗教に関連する事件が度々報じられている。2026年5月14日、イスラエルのメディアは、イスラエル国防軍(IDF)のザミール参謀総長がヨルダン川西岸地区を視察した際、軍服に非公式の「メシア」のワッペンを着用していた兵士が確認され、同兵士に1ヶ月間の軍刑務所への収監処分が科されたと報じた。

 これに先立つ4月中旬、レバノン南部のキリスト教徒の村デベルで、十字架上のイエス像を逆さにし、ハンマーでイエスの頭部を破壊しようとする写真がSNS上で拡散された。IDFは、この写真がフェイクではなく本物であると認めた。4月22日、破壊を行ったIDF兵士と、その行為を撮影した兵士が、戦闘任務から外され、それぞれ30日間の軍刑務所への収監処分を受けたとイスラエルのメディアで報じられた。

 さらに5月11日、レバノン南部で聖母マリア像の口に煙草をくわえさせ、「喫煙」させるように見せたIDF兵士に21日間の軍刑務所への収監処分が科されたと報じられた。

 また、5月上旬には、エルサレムでカトリックのフランス人修道女が暴行される事件も報じられた。報道によれば、ヨルダン川西岸の入植地に住む男が、修道女を押し倒し、何度も蹴りつけ、頭部から大量出血させた。犯行を行った男は逮捕され、宗教的・人種的憎悪を動機とする傷害の罪で起訴されている。

評価

 今般の一連のキリスト教に対する攻撃は、イスラエル国内で衝撃をもって報じられている。イスラエル中央統計局のデータによれば、イスラエル国内のキリスト教徒の人口は約18万人であり、総人口の約1.8%にとどまる。その数は多くないが、問題の政治的意味は小さくない。イスラエルは、2018年に「イスラエルはユダヤ人の国家である」と定義した一方、1948年の建国宣言以来、すべての人に信教の自由を保障してきたという自負がある。

 また、イスラエルの最大の同盟国である米国は、キリスト教徒が多数派を占める国である。米国成人の約6割がキリスト教徒であり、Gallupの2024年調査では米国成人の37%が、人間は神によって現在の形で創造されたとする見解を支持しており、キリスト教的価値観の影響力は低くない。さらに、米国内でイスラエルを強く支持してきた層の一つがキリスト教福音派であると指摘されており、そのことを踏まえれば、「キリスト教徒を迫害するユダヤ国家」というイメージの拡散は、イスラエルの対米関係にも悪影響を及ぼしかねない。

 こうした文脈の中で、ネタニヤフ首相は、2026年4月26日にキリスト教徒のIDF兵士と面会し、イスラエルがキリスト教徒の兵士とともに、中東全域のキリスト教徒の権利のために戦っていると強調した。これは、レバノン南部でのイエス像破壊事件を受け、イスラエルが反キリスト教的国家であるとの印象を打ち消す狙いがあったとみられる。

 今般の「メシア」のワッペンに関する処分も、こうした流れの中に置かれている。リクード党のビスムート議員は、ザミール参謀総長が昨年は同様のワッペンを問題視しなかったと批判している。その指摘が正しいのであれば、今般の対応は単なる軍紀維持が目的ではなく、イスラエル国内での「宗教的対立」や不信が強まることを恐れ、ユダヤ教的な象徴が前面に出ることを避けた可能性がある。

 他方、イスラエル国内のキリスト教徒の約8割がアラブ系住民であることは見逃せない。これは、イスラエル社会の日常的な感覚において、「キリスト教徒」が「アラブ系住民」と重なって認識されやすいことを示唆している。現在、イスラエルはレバノン南部に拠点を持つヒズブッラーの壊滅、あるいは少なくとも武装解除を目指している。ヒズブッラーはイスラーム教シーア派の組織であるが、その構成員の多くはアラブ人である。そのため、キリスト教的象徴が「キリスト教徒の信仰対象」としてではなく、「敵性地域のアラブ系住民に関わる宗教的象徴」として扱われ、侮辱行為が行われた可能性は否定できない。

 2025年以降、ガザ戦争や西岸地区をめぐる政治的緊張の中で、イスラエル国内のアラブ系住民は治安面において不安を抱え、アラブ社会における暴力犯罪は深刻化している。実際、2025年には252人が殺害され、過去最悪を記録した。2026年も5月初旬の時点で死者数は100人を超えている。アラブ系コミュニティにおける高い殺人率に関して、ヘルツォグ大統領は、この状況をイスラエル社会の醜い汚点であると述べ、政府に対応を求めている。今般のキリスト教に関するIDF兵士の侮辱行為が、仮に反キリスト教感情そのものに基づくものではなかったのなら、戦場で増幅されたアラブ人に対する敵性認識は、イスラエル国内のアラブ系住民の生活にも影を落とす可能性がある。さらに、こうした敵性認識が国内に波及すれば、アラブ系住民に限らず、キリスト教徒を含む宗教的少数派に対する不信や排除的傾向を強める可能性がある。イスラエルは、戦争が終結した後も、戦時下で増幅した「アラブ人」への敵意をどのように抑え、国内社会の再統合を図るのかという課題に直面する可能性がある。

(主任研究員 平 寛多朗)

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