中東かわら版

№34 パレスチナ:イスラエル配下のパレスチナ民兵の顕在化

 ガザ地区の政府(ハマースが与党)の内務省は、武装したベドウィン部族の指導者のヤーシル・アブー・シャバーブに対し、10日以内に投降するよう要求する声明を発表した。同人は、ハマースの権威を認めず、ハマースがガザ地区の利益を損なっていると非難している。また、声明はパレスチナ人に対し、アブー・シャバーブの居場所をハマースの治安要員に通報するよう促した。アブー・シャバーブは、イスラエル軍が占拠するガザ地区南部のラファフ地区で活動している。

 ハマースは、アブー・シャバーブをイスラエルの支援を受けて国連からの援助物資を略奪していると非難した。消息筋によると、ハマースは同人の殺害のために精鋭を差し向けた。アブー・シャバーブが率いる団体は「人民軍」を名乗り、援助物資を略奪から守っていると表明するとともに、イスラエルから支援を受けたり、イスラエルと接触していることを否定している。一方、イスラエルは特定の名称を挙げていないが、ハマースに対抗するためにガザ地区の諸部族の一部を支援していることを明らかにしている。

 また、イスラエル紙は、シュジャーア地区でラーミー・ハルス、ハーン・ユーヌスでヤーシル・フナイダクが率いる反ハマース集団が活動していると報じた。それによると、両名ともファタハの活動家で、パレスチナ自治政府(PA)から給与を受け取っている。両名の率いる集団は、イスラエル軍から武器と人道援助の提供を受け、イスラエル軍と連携して活動している。

評価

 ガザ地区でハマースに代わる親イスラエル武装勢力を育成し、同派に代わってガザ地区を制圧・管理させることは、イスラエルにとって今後の情勢に対処するための重要な措置といえる。ただし、もともとはハマースそのものがPLOに加盟する世俗的・民族主義的な対イスラエル抵抗運動諸派を弱体化させるためにイスラエルが育成したものであるとの主張が長年唱えられており、イスラエルによる「代替的」パレスチナ団体の育成が諸当事者にとって望ましい結果につながる保証はない。

 今般の報道では、親イスラエル民兵はPAの与党のファタハと、ガザ地区の部族を基にする集団とされているが、イスラエル軍の下請けとして反イスラエル行動を取り締まるという役割がパレスチナ人民・社会に支持される見込みは乏しいと思われる。このため、イスラエルからの支援や働きかけに応じて親イスラエル民兵として活動することは、その主体にとって危険で割に合わないものになりかねない。

 また、アラブ社会では、地縁・血縁集団としての部族が、明瞭な指揮系統と確かな団結力を持ち、政治・軍事的な動員に適した集団であるかのように考えられているかもしれないが、近代の軍事・移動技術の発展により、部族は都市の住民に対する軍事的優位を喪失している。また、経済構造の変化などが原因で、部族の多くは部族内の序列や階層が弛緩しており、単一の指導者の下で部族民が一致団結して特定の政治的立場をとる事例は多くはない。しかも、本来部族は十分な訓練を受けた戦闘部隊を常備したり、兵站機能を整備したりした軍事力を擁するものではないため、現在の部族の軍事力は国家の常備軍はもちろん、思想・信条面で団結し、訓練を積んだ非国家武装主体と比較しても「アマチュア」レベルのものであることにも留意すべきだ。したがって、部族起源の民兵がガザ地区で思想・信条、訓練、兵站などの基盤が整ったハマースやイスラーム・ジハード運動(PIJ)のような集団を制圧し続けるためには、外部(この場合はイスラエル)が常に十分な資源を供給するとともに、民兵の一挙手一投足に至るまで指導・管理するような労力の投入が必須となるだろう。

(特任研究員 髙岡 豊)

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