№151 レバノン:イラン大使の追放問題
3月24日、レバノン外務省は、同国駐在のイラン大使モハンマド・レザー・シェイバーニー大使に対し「ペルソナ・ノングラータ(好ましくない人物)」宣言した。これは、同大使をイランの駐レバノン大使として受け入れるとの同意を撤回し、レバノンから追放することを意味する。外務省は、イランが同大使や革命防衛隊の人員を通じてヒズブッラーを指揮し、レバノンをイスラエルとの戦争に巻き込んだとの認識でおり、国内で反イランの立場をとる諸党派も今般の措置を歓迎した。一方、ヒズブッラー、アマルのシーア派党派は、決定に反対し再考を呼び掛ける立場を表明している。
3月26日付『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)によると、シャイバーニー大使は1980年代からイランの外交官として活動し、2005年~2009年に駐レバノン大使(2006年にイスラエルによるレバノン攻撃が発生)、2011年~2016年に駐シリア大使(シリア紛争の初期に相当)、2025年1月にシリア担当特使として在シリア・イラン大使館の閉鎖を担当するなど、レバノン・シリアで機微な問題を担当してきた。2026年初頭に同大使が駐レバノン大使に復帰したことは、安全保障政策や様々な利害関係が錯綜するレバノンへの熟練外交官の起用と目された。なお、同紙によると、シャイバーニー大使はイランの外交界では同国の情報省の系譜であり、革命防衛隊の系譜の人物ではない。
評価
大使への「ペルソナ・ノングラータ」宣告は、イラン側が直ちに同様の措置をとることや、レバノンとイランとの外交関係の断絶につながるわけではない。しかし、外交・安全保障政策でアメリカ・イスラエル・西側諸国の利害に沿って振舞う現在のレバノン政府にとって、イランの行動はレバノンに対する内政干渉、無用な戦争への巻き込み策動ととらえられる。これに対し、「抵抗の枢軸」陣営の一翼を担うヒズブッラーやアマルは、イランとの連携に基づく対イスラエル武装抵抗路線は基幹的な政策である。両党は、今後閣僚の引き上げ脅迫などで政府に対抗するとみられるが、今般の決定を支持する党派からは両党が閣僚を引き上げても代わりを選任すればよいとの強硬論も出ている。
ヒズブッラーは、3月2日以来イスラエル・アメリカによるイランのアリー・ハーメネイー指導者殺害への復讐を掲げるとともに、2024年11月の「停戦」後も日常的にレバノンを攻撃し続けるイスラエルへの抵抗を名分として大規模な交戦に入った。イスラエルは、広汎な攻撃でヒズブッラーとは無関係のレバノン国民や社会基盤をも攻撃し続けており、リタニ川以南のレバノン領から住民を追放し、自らの安全地帯として占拠する構想・方針を公言している。レバノン政府は、イスラエルによる攻撃や占領を抑止したり排除したりする手立てを持っていない上、ヒズブッラーの武装解除を通じて「国家による武力の独占」を達成する意志や能力も乏しい。こうした事情に鑑みれば、イランによる「干渉」を排除したり、ヒズブッラーを抑えたりしたとしてもレバノンがイスラエルから攻撃を受けなくなる、イスラエルによる占領地を回復するなどの問題が解決するめどは全く立っていないといえる。
さらに重要なのは、レバノンでは1930年代の人口推計に基づく宗教・宗派人口割合に沿って政治的権益を配分する体制が取られていることだ。現在宗教・宗派人口割合で最多を占めると信じられているシーア派(ヒズブッラー、アマルはシーア派の共同体を基盤とする党派)は、レバノンの独立以来人口に比して「過小な」政治的権益しか配分されていない。こうした硬直的な制度や、権益配分の不均衡こそがヒズブッラーのような党派が存在し、それが武装する大きな理由となっている。また、現在の政治的権益の配分では、いずれの宗教・宗派集団も単独で重要な決定をとることができないため、諸集団は後ろ盾として国外の強国に頼りがちになる。これは、諸外国にとっては支援を求める党派を橋頭保としてレバノンの政治に介入する裁量を得られることを意味する。今般の問題は、ヒズブッラーだけが外国(この場合はイラン)のレバノン干渉の経路になっているとの件に限られるものではなく、レバノンの政治体制や社会が抱えるより根本的な弱点に起因するものだ。
(特任研究員 髙岡 豊)
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