中東かわら版

№150 イスラエル:イスラエル軍、レバノン向けの部隊をヨルダン川西岸地区へ

 2026年3月23日、イスラエル国防軍(IDF)は、ヒズブッラー掃討のためにレバノン正面に投入予定だった部隊の一部をヨルダン川西岸地区に回すと発表した。これはパレスチナ人に対するイスラエル人入植者による暴力が同地区で激化したことを受け、その暴力行為の抑え込みを図るための措置である。

 IDFのザミール参謀総長は、イスラエルがレバノンやイラン等多方面で軍事作戦を行っている中、ヨルダン川西岸地区における入植者による暴力行為はイスラエルの安全保障を損なう行為であると述べた。これは同地区の状況が、IDFの活動に戦略的損害を与えているとの観点からの発言とみられる。

 ヨルダン川西岸地区での入植者によるパレスチナ人への暴力は、イスラエルが米国と共同でイランに攻撃を始める前から激化していた。2月5日、パレスチナのメディアは国連の発表を引用し、入植者の暴力により700人のヨルダン川西岸地区のパレスチナ人が避難を余儀なくされていると報じた。2月23日には同地区のモスクが入植者によって燃やされ、その外壁に人種差別的な言葉が書かれるという事案が発生した。

 その暴力は3月に入りより過激になり、3月8日には約100人の武装入植者がパレスチナ人を襲ったと報じられた。また、パレスチナ人が入植者によって殺害される事案も増加し、イスラエルは治安維持のために軍隊を派遣せざるを得なくなった。

 イスラエルの『The Jerusalem Post』紙は、この暴力激化の背景にはプリムが影響している可能性を報じた。プリムは、ユダヤ教の宗教的祭りであり、古代ペルシャにおいてユダヤ人殲滅の陰謀からユダヤ人が救われたことを記念する祭りとなっている。

評価 

 今般のヨルダン川西岸地区の状況は、イスラエルが同地区の実質的な「併合」を進める中で生じているとみられる。2月15日、ネタニヤフ内閣はヨルダン川西岸地区で土地登記手続きを開始することを承認した。承認されたのは、西岸地区の60%を占め、行政・治安をイスラエルが担うC地区と呼ばれる地域である。この地区にはイスラエルの入植地と約30万人のパレスチナ人が住んでいる。

 「極右」と呼ばれるスモトリッチ財務相やベン・グヴィル国家安全保障相は、ヨルダン川西岸地区をイスラエルに併合することを主張してきた。実際、スモトリッチ財務相は2月17日に、次期政権ではオスロ合意を破棄し、パレスチナ自治政府を解体し、イスラエルによる完全な主権の確立を目指すと述べている。スモトリッチ財務相、ベン・グヴィル国家安全保障相は同地区の入植者を支持基盤としており、支持者の暴力を煽り、同地区からパレスチナ人を「移住」させようとしてきた過去がある。『The Jerusalem Post』紙は3月20日に、IDFのザミール参謀総長が同地区におけるイスラエル人入植者の暴力増加を安全保障の観点から警告を発した際、ベン・グヴィル国家安全保障相はザミール参謀総長を非難したと報じた。これは入植者暴力への取り締まり強化に否定的、あるいは抑制的な立場を示している。

 また、ヨルダン川西岸地区の入植地には、宗教的・民族主義的傾向の強いコミュニティも多い。パレスチナ人に対する暴力で知られる過激派グループ「ヒルトップ・ユース」は、その一部を構成する急進派として理解されている。こうした人々にとっては、ヨルダン川西岸地区の併合の動きが、「ユダヤ・サマリア[旧約聖書に基づいたイスラエル側のヨルダン川西岸地区の呼称]」の実現に向けた一歩として受け止められても不思議ではない。さらに、同地区に宗教的な人物たちが多く住むという観点から見れば、ユダヤ教の祭りであるプリムに合わせて、ペルシャ人(イラン人)からミサイル攻撃を受ける「我々」ユダヤ人、パレスチナ人に土地を奪われた「我々」ユダヤ人との意識を持ち、『The Jerusalem Post』紙が指摘するように暴力が増加した可能性も否定できない。

 暴力の増加の理由がなんであるにせよ、現政権の一部によって助長されてきた暴力は、もはや軍も無視できないほどになっている。ベネット元首相は3月18日に、「暴力的なギャングが活動するためにユダヤ国家を建国したのではない」と述べ、入植者による暴力行為を強く非難した。今般のヨルダン川西岸地区の部隊への派遣は、「外側」に向けていた暴力を、「内側」でどのように抑えていくのかという問題にイスラエルが直面しつつあることを示唆している。

(研究員 平 寛多朗)

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