中東かわら版

№141 エジプト:イラン情勢で直面するエジプトの危機とパンの価格

 2026年3月10日、ファールーク供給相は、燃料価格が高騰しているが、補助金対象のパンの価格を1枚20ピアストル(約0.6円)で据え置くと発表した。3月12日、供給省は補助金対象外パンであるフィーノ等に価格上限を設定した

評価 

 2026年2月28日にイスラエル・米国がイランを攻撃して以降、エジプトにおける化石燃料の価格が高騰している。これは、攻撃開始と同時にイスラエルがエジプトへの天然ガス輸出を無期限に停止したためである。エジプトは国内におけるガス消費量の17%をイスラエル産で賄っていると言われており、突然のガス輸出停止により国内燃料価格の引き上げが行われた。当然、イランが産油国である湾岸諸国に報復を行っていることも、エネルギー価格の押し上げ要因となっている。

 この状況の中で、エーシュやフィーノと呼ばれるパンの価格高騰が懸念されていた。パンを焼く際には燃料としてディーゼル燃料が使用されており、化石燃料の高騰はパン屋を直撃する。エーシュは、エジプト人の主食であり日々の食事に欠かせないパンである。1950年代以降、政府はこのパンに補助金を出しており、補助金付きのパンを購入できるカードの保有者、数千万人が1人当たり1日5枚のパンを購入することができる(※1枚当たり約90グラム)。なお、パン1枚の値段は2024年6月以前では5ピアストル(約0.15円)であり、現在では20ピアストル(0.6円)である。主食のパンを低価格に抑えることで、エジプト政府は国民の食の安定性を支えてきた。フィーノに関しては、屋台などで一般的に食される細長いパンであり、エーシュほど安くないが、エジプト人の日常的な食べ物である。

 エーシュに関しては、政府がその補助金の削減や購入者の制限を試みようとすると、国民から大規模な反発を受けてきた過去がある。例えば、1977年に補助金を削減しようとした際には、大規模な暴動が生じ鎮圧のために軍隊が出動する事態となっている。また直接の引き金ではないものの、2000年代前半に生じた抗議運動は、補助金付きのパンの購入者を著しく制限した時期と重なっている。つまり政権にとっては、補助金付きのパンの価格は社会の安定に関わる問題として存在してきた。

 世界銀行のデータによれば、エジプトの貧困率は、購買力平価(PPP)を一日あたり3ドルにしてみると1.37%(2021年)であり、それほど高いわけではない。しかし、PPPを一日あたり4.2ドルにすると約7%(2021年)、8.3ドルにすると約58.46%(2021年)まで跳ね上がる。世界銀行のデータでは4.2ドルが「下位中所得層の貧困線」、8.3ドルが「上位中所得層の貧困線」とされている。エジプトの約半数が「上位中所得層の貧困線」以下であり、裕福ではなく、また経済状況の悪化で「下位中所得層の貧困線」以下へと落ちかねない位置に置かれている。このような、経済的な不安定さが2011年に起きたいわゆる「アラブの春」の要因の1つであったと指摘されている。

 政府はパン価格の安定化を図ることで、政府への不満、大規模な抗議運動の火消しを事前に図ったとみられる。他方、化石燃料の価格高騰それに伴う助成金の増額は政府の財政を圧迫する。シーシー大統領は3月6日に、「国家は緊急事態に近い場所にいる」と述べ、価格を不当に上げようとする者を軍事法廷に送ることも示唆した。この発言は、パンの価格を念頭に置いたものではないが、物価上昇が政府への不満へとつながりかねないとの懸念がその発言の背後にはあり、価格抑制が国家の課題であるという認識があると思われる。

 価格を安定させるためには、イスラエル産のガス輸入が不可欠である。エジプトにとって地域緊張の緩和は経済面からも切実な利益であり、今後も沈静化に向けた外交を積極的に続ける可能性が高いと思われる。

(研究員 平 寛多朗)

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