№114 シリア:アメリカに切り捨てられてクルド民族主義勢力の領域占拠が崩壊
2026年1月初めからの暫定政府とクルド民族主義勢力との交戦は、幾度かの「停戦」や「クルド民族主義勢力の政府への編入」についての合意発表を経つつ継続した。クルド民族主義勢力は、既得権益確保のためこれまで支持を受けてきたアメリカが率いる「イスラーム国」対策のための連合軍の介入を求めたが、アメリカをはじめとする各国の反応は冷淡で、ラッカ市や、ダイル・ザウル県の油田・ガス田などの重要拠点を喪失した。クルド民族主義勢力は「イスラーム国」の構成員やその家族を超法規的・無期限に収監していた各地の刑務所や、フール・キャンプなどの重要施設も放棄し、収監者多数が脱走したとみられている。「イスラーム国」の収監者の脱走については、クルド民族主義勢力と暫定政府の双方が相手方の責任として非難した。こうした中、20日にはアメリカのバッラーク特使が「シリア民主軍(=クルド民族主義勢力)の「イスラーム国」対策での主要な役割は終わった。「イスラーム国」の者の収監施設についても、シリア政府がそれを管理する用意ができている」と表明したが、これはアメリカがクルド民族主義勢力への支持や保護を撤回したものととられている。
図:2026年1月21日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

評価
クルド民族主義勢力は、占拠地に居住するアラブの部族の民兵などを傘下に収め、「シリア民主軍」として活動してきた。しかし、「シリア民主軍」の包括性はあくまで形式的なものであり、クルド民主統一党(PYD)が主導するものに過ぎなかった。なお、PYDは北・東シリア自治当局が管轄する地域から他のクルド民族主義勢力も排除して「自治」を営んできた。ここまでの情勢推移で、領域占拠や自治は広範囲で崩壊状態にあり、クルド民族主義勢力と傘下の民兵をシリア政府に統合する問題も、クルド民族主義勢力の完敗という形で一方的に進む可能性が高い。その場合、これまで暫定政権が表明してきたクルド人の諸権利の保護などが顧みられなくなる恐れがあり、クルド人は「少数派」として劣等市民待遇を受け、彼らの民族主義運動や政党活動も困難になる可能性がある。
クルド民族主義勢力がシリア北東部の広範囲を占拠してきたのは、同勢力は「イスラーム国」に対する現地の兵力として利用するとともに、欧米諸国出身者を含む「イスラーム国」の構成員とその家族を超法規的・無期限で収監するという「汚れ仕事」を担うことにより、アメリカをはじめとする諸国からの支持・支援を受けていたからである。今般、アメリカがこれまで同派に与えていた支持を取り下げたことは、これまで利用してきた「汚れ仕事」の担い手を切り捨て、「イスラーム国」対策の末端業務の委託先をシリアの暫定政府に切り替えたことを意味する。ただし、暫定政府は「国家」、「政府」として法に基づき「イスラーム国」討伐や構成員らの訴追・収監・送還を行う体裁をとる必要があり、クルド民族主義勢力の民兵のような非国家主体による超法規的な行為は本来は許されないことになる。ただし、フール・キャンプをはじめとする重要な収監施設の一部については、どの主体が管理するか定まらない間に収監者が多数脱走したとの情報が流布しており、すでにイラクに潜入を試みてイラク側で逮捕されたとの情報もある。当事者の誰もが持てあましていた「イスラーム国」の収監者たちの処遇問題を、当事者間の交戦に伴う管理放棄という形で「野に放って」解消するような行動は、「イスラーム国」対策としては最悪の措置と評さざるを得ない。
(特任研究員 髙岡 豊)
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