中東かわら版

№108 イスラエル・エジプト:ガザ地区のスマートシティ化を背景としたガス契約の承認

 イスラエルからエジプトへの天然ガスの輸出が、単なる経済的な話を超えて、イスラエル、エジプト、米国の思惑が交錯する状況となっている。

 2025年12月17日、イスラエルのネタニヤフ首相は、エジプトとの約350億ドル相当の大型ガス輸出契約を承認したと発表した。さらに首相は、この契約はエジプトにガスを供給するイスラエルのパートナー企業と、アメリカのシェブロン社との間で締結されたものであることを付け加えた。

 8月7日、イスラエルのニューメッド・エナジー社は、リバイアサン・ガス田で生産された天然ガスをエジプトに輸出する契約を同国と締結していた。しかし、9月初旬、価格の公正性、エジプトの平和協定違反の疑いを理由に、ネタニヤフ首相とコーエン・エネルギー相がその承認を留保した。さらに10月には、承認を見送る判断をしていた。今般の承認により、同社はエジプトへのガス輸出を行うことが可能となった。

 一方、エジプトの国家情報局(SIS)のラシュワーン局長は、12月18日、エジプトとイスラエルの間で締結されたガス取引は、政治的な側面や合意は一切ないと強調し、ガス取引は純粋に商業的なものであると主張した。また、19日、エジプトのシーシー大統領がネタニヤフ首相と会談するとの憶測が流れたことに対し、ラシュワーン局長はそのような会談の予定はないと否定した。

 これに先立つ12日には、イスラエルメディアは、ガス契約に署名するためネタニヤフ首相がカイロを訪問しシーシー大統領と会談する予定だと報じていた。他方で、イスラエル政府高官は、エジプトに対するイスラエルの行動が根本的に変わらない限り、シーシー大統領はネタニヤフ首相との交渉にほとんど関心を示さないだろうとの見方を示していた。

評価

 今般のネタニヤフ首相によるガス契約の承認には、米国の強い意向があったと考えられる。12月7日、イスラエルメディアは、米国が共通の経済的利益を通じてエジプトとの関係改善をイスラエルに促していると報じた。9日には、米国の仲介の下、イスラエルとエジプトの間でガス協定締結に向けた交渉が進んでいると報じられていた。

 米国が、イスラエルにエジプトとのガス契約を迫った背景には、米国が進めるガザ地区の和平と復興にエジプトを取り込みたいという思惑がある。米国が発表した「ガザ紛争終結のための包括的計画」は安保理決議第2803号として11月17日に採択された。同決議は、平和評議会と国際安定化部隊(ISF)の設置の承認を含むものであるが、国際社会の関与は不透明のままであり、参加国が焦点となっていた。

 米国は、ガザ停戦の仲介国でありガザ地区と国境を接するエジプトが、平和評議会及びISFに参加することを望んでおり、今般の米国によるガス契約の仲介は、エジプトの同評議会およびISFへの参加に対する「見返り」としてみることができる。実際、ネタニヤフ首相によるガス契約の承認が報じられた17日、米国はカタル、UAE、イギリス、イタリア、ドイツ、そしてエジプトから平和評議会への参加の確約を得たとイスラエルメディアが報じている。米国は経済的なインセンティブを見せることで、エジプトにISFの参加を働きかける構えだとみられる。

 また報道によれば、米国のクシュナー元大統領補佐官とウィトコフ中東担当特使が、10年間で1120億ドルの費用をかけ、ガザ地区を近代都市へと変える「サンライズ」計画を策定している。同計画では、ガザ地区は高級ビーチリゾートを持ち、高速鉄道等の近代的な交通網、人工知能を活用したスマートインフラを備えた都市へと転換され、「ニュー・ラファフ」がガザ地区の政府所在地となる予定である。援助国として湾岸諸国、トルコ、エジプト等に、この案が提示されたと報じられており、今般の米国の仲介には、トランプ政権が描く「ガザ復興」にエジプトを積極的に参加させたいという思惑もあるとみられる。

 一方、今般のガス契約の承認は、イスラエルに関しては2026年秋に予定されている選挙をにらんだ動きとなっている。ネタニヤフ首相とシーシー大統領の関係は良好なものではなく、同首相がエジプトを最後に公式訪問したのは、当時ムバーラク政権であった2011年1月であり、シーシー政権になってからは訪問していない。首脳会談自体も、2017年以来、公の場では実施されていない。ガス契約の承認を手土産に、エジプト訪問及びシーシー大統領との首脳会談を実現することで、ネタニヤフ政権の外交的成功をアピールする狙いがあったと見られる。

 エジプトに関しては、エジプト国内で今般の合意がイスラエル経済を強化するという批判が出ていると報じられている。これに対し、ラシュワーン局長はガス輸出はイスラエルのGDPのわずか0.5~0.6%に過ぎずイスラエルの経済的なメリットになることはないと反論した。また連日、イスラエルによる日常的なガザ停戦合意の違反、パレスチナ人の殺害、さらにヨルダン川西岸地区でのイスラエル人入植者による暴力拡大が、アラブ系のメディアで報じられている。そのような中、経済的なインセンティブのため、イスラエルとの関係を改善するような動きを取れば、国内外からのエジプトへの非難は避けられないものとなるであろう。そのようなことを背景として、エジプトはシーシー大統領とネタニヤフ首相との会談は予定されていないと否定し、火消しを図ったと思われる。

 今般の天然ガスの輸出は、パレスチナ情勢を軸に3国の思惑が交錯するような事態となっている。

【参考】

エジプト:ガザで人道的惨事が進行する中、イスラエルと最大規模のガス契約」『中東かわら版』No.42。

エジプト:エジプトの仲介に対するイスラエルの牽制」『中東かわら版』No.57。

 「イスラエル:強まる米国の政治介入」『中東かわら版』No.89。

(研究員 平 寛多朗)

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