№107 イスラエル・パレスチナ:イスラエルの過激派が妊娠したアラブ人女性に催涙スプレー
2025年12月16日、イスラエルの公共放送局であるKANは、警察がイスラエルの過激派グループ「ヒルトップ・ユース」に属するとみられる3名を逮捕したと報じた。ヒルトップ・ユースは、ヨルダン川西岸地区において、パレスチナ人の家屋や財産を標的とした攻撃を繰り返してきた、イスラエル人入植者の若者集団である。彼らはユダヤ教の信仰の観点から、イスラエル王国、ユダ王国の再建を行わなければならないと信じていると言われている。
逮捕された3名は、13日、イスラエル中部テルアビブ市内にあるヤッファで子供達を乗せて運転していたアラブ人女性に、「汚いアラブ人!」と叫びながら催涙スプレーを噴射して逃走した疑いがもたれている。被害にあった女性は妊娠9カ月目であった。
インタビューに応じた被害者女性は、次のように述べた。「(逮捕された)3人のうち1人は、子供に唾を吐きかけた。彼らは私たちが彼らの国と土地を奪ったと主張していた。ヤッファで、白昼の道路の真ん中でこのようなことが起きるとは理解できない」。
14日夜、人種差別的であるこの事件を受け、ヤッファでは数百人が参加するデモが発生した。このデモに参加したアラブ系イスラエル人政党、国民民主集団党[現在国会に議席なし]のサーミー・アブー・シャハーダ党首は、この襲撃を非難するとともに、これはヤッファにおけるアラブ系住民に対する初めての襲撃ではなく、(イスラエル人の)住民の中に人種主義者が存在することは容認できないと強調した。
評価
今般の事件はイスラエルのテルアビブ市内で起きたものである。報道ではパレスチナ人ではなくアラブ人と報道されている。そのため、被害にあった女性は国籍の上でイスラエル国籍である可能性がある。国籍がなんであれ、テルアビブ市内で「アラブ人」の外見である女性が襲撃を受ける事件が生じたのは、ヨルダン川西岸地区でパレスチナ人を繰り返し攻撃してきたヒルトップ・ユースの暴力が「イスラエル在住者」にも及ぶようになったことを意味する。
このような事態は、ネタニヤフ政権がヨルダン川西岸地区に取ってきたアンビバレントな立場が一因となっている可能性がある。現在、ネタニヤフ政権は、入植者による暴力を抑制する姿勢を示す一方で、入植地拡大の動きが結果として暴力を助長している。
2025年11月17日、同地区でパレスチナ人の村を襲撃し、乗用車やトラック、工場、農場に火をつけた過激なイスラエル人に対し、ネタニヤフ首相は「ユダヤ・サマリア[旧約聖書に基づいたイスラエル側のヨルダン川西岸地区の呼称]の(イスラエル人)住民を代表しない一部の過激派に対し法の裁きにかけるよう求める」と強く非難した。またサアル外相は、「ユダヤ・サマリアにおけるユダヤ人暴徒は、「我々」でもなく、イスラエル国家でもない」と暴徒の行動がイスラエル国家の立場を示すものではないと強調した。20日には、過激派イスラエル人入植者に焦点を当てた特別会議をネタニヤフ首相は招集している。
この襲撃も今般と同じくヒルトップ・ユースが関連しており、ネタニヤフ政権は彼らの行動に対して否定的な立場を示したことになる。今般の事件を起こした3名を逮捕したことは、相手がパレスチナ人であっても度を越した暴力は許されず、それは法を犯す行為にほかならないという、同政権の立場を示すものだと言える。
一方で、ネタニヤフ政権ではヨルダン川西岸地区の実質的な併合が進行している。12月7日、内務省はヨルダン川西岸地区における新たな入植地を8つ承認した。この中にはイスラエル法上未承認であった、違法な3つの入植地も含まれている。さらに、10日には、スモトリッチ財務相がヨルダン川西岸地区における3つの入植地に764戸の住宅を建設することを最終承認している。スモトリッチ財務相は、9月にヨルダン川西岸地区の82%をイスラエルに併合することを提案するなど、イスラエルの主権を強硬に訴えてきた人物である。
このような動きは、国際的に「ヨルダン川西岸地区」と呼ばれている地域を、実質的にイスラエルに属する「ユダヤ・サマリア」へと変える動きである。旧約聖書に基づいた呼び名である「ユダヤ・サマリア」の観点から見れば、イスラエル王国及びユダ王国の再建を目指すヒルトップ・ユースにとって、アラブ人は彼らの領土を奪った人々であり、追い出さなければならない対象と映る。
イスラエル側の報道によれば、11月以降、ヨルダン川西岸地区における、パレスチナ人に対する入植者の暴力が増加している。これは入植地拡大の動きと連動しており、「ヨルダン川西岸地区」を旧約聖書に基づいた「ユダヤ・サマリア」とみなす思想の影響が皆無とは言えないであろう。ネタニヤフ政権のヨルダン川西岸地区に対する姿勢は、一方で同地区における治安を重視し過激派グループの動きを抑えようとし、他方で入植地を拡大することで過激派グループの暴力を助長している。
今般の事件はヨルダン川西岸地区で放任され助長されてきた暴力が、「イスラエル在住者」にまで及ぶようになったことを示唆している。このような状況は、イスラエル人、パレスチナ人の双方に憎悪を増大させるだけであり、10月に合意に達したイスラエルとハマースの停戦合意の維持も難しくさせるであろう。
【参考】
「イスラエル・パレスチナ:イスラエルへの取り込みが進むヨルダン川西岸」『中東かわら版』No.83。
(研究員 平 寛多朗)
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