№101 イスラエル:ネタニヤフ首相による恩赦要請とその反応
2025年11月30日、ネタニヤフ首相は自身の汚職事件をめぐり、恩赦を求める要請書をヘルツォグ大統領に提出した。首相は、自身に対する裁判は不当であり無罪を確信しているものの、継続中の裁判が首相としての職務遂行に支障を与えているとして、恩赦を要請したと説明した。首相によれば、現在彼は裁判のために週3回の証言が義務付けられている。
この要請に対し、政権内からは肯定的な反応がみられた。カッツ国防相は、イスラエルは現在複雑な安全保障の状況にあり、「敵」が勢力を再構築しようとしている状況を踏まえれば恩赦は必要であると述べた。ここで言う「敵」とは、イラン、レバノンのヒズブッラー、パレスチナのハマースを指しているとみられる。
同様にベン・グヴィル国家安全保障相も、ネタニヤフ首相への恩赦は国家安全保障にとって極めて重要であるという認識を示した。ゾハール文化・スポーツ相もまた、恩赦は国の分裂を止めるために必要な措置であると述べている。なお、10月19日には「社会分断」への対応を求める書簡がヘルツォグ大統領に提出されており、リクード党所属の多くの閣僚がその書簡に署名していた。
一方、野党からも条件付きながら容認する発言が出ている。ベネット元首相は30日夜、ネタニヤフ首相が政界から引退するのであれば、イスラエルを混乱から救うため恩赦を容認する旨をXに投稿した。
ラピード元首相は、大統領が首相に恩赦を与えるには、罪を認め、反省の意を示した上で即座に政治活動から身を引く必要があると主張し、明確な条件を示すことで全面否定には至らない姿勢を示した。
評価
野党のベネット元首相およびラピード元首相が恩赦に肯定的な立場、あるいは否定的な立場を取らなかった背景には、極右勢力のベン・グヴィル国家安全保障相およびスモトリッチ財務相を政権から排除したいという思惑があるとみられる。これには彼らの存在が、イスラエルを分断し、国家を過激な方向へと導いているという認識がある。
11月3日、ラビン元首相暗殺30周年を記念する特別式典が国会(クネセト)で行われた際、ラピード元首相は右翼過激派によってラビン元首相が暗殺され、それがイスラエルの右派と左派の間に深い分裂を引き起こしたと述べたうえで、(極右の)ベン・グヴィル氏を国家安全保障相に任命したことは現在政権の最大の罪であると述べた。ラピードにとって、ベン・グヴィルが閣僚に留まり続けている状況こそ、現在の国内分断の象徴である。
またガンツ元国防相は、国内の分断を指摘した上で、首相に対し「毒を振りまく機械」を止める責任があると述べている。ここで言う「毒」とは右派を中心とする憎悪・扇動の政治システムを指すとみられる。ベン・グヴィル国家安全保障相とスモトリッチ財務相の両閣僚は、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人に対する過激主義者の暴力を煽り、同地区での憎悪の増大を助長してきた。11月半ばには、西岸での暴力は政権が対処しなければならないほどの水準にまで高まっていた。
ネタニヤフ首相がこのような極右勢力と連携しているのは、首相自身の汚職事件と関連しているとされる。単独で政権を維持できないネタニヤフ氏は、極右勢力と連携することで首相の座を保持し、公務を理由に裁判での証言等を繰り返し延期してきた経緯がある。
野党もそのような背景を知っており、ハマースとの停戦協議が進められている2025年10月8日、野党の党首らは会合を開き、ネタニヤフ首相に「政治的セーフティネット」を提供することで一致している。これはベン・グヴィル国家安全保障相とスモトリッチ財務相が停戦合意に強硬に反対した場合、ネタニヤフ首相が政権維持を優先して停戦に合意しない恐れがあったためである。
元首相らが恩赦への肯定的な立場示す一方で、その要請への批判も国内に存在している。民主党の議員が、ヘルツォグ大統領の自宅前で演説を行い、恩赦要請を非難する中、「恩赦=バナナ共和国」と掲げる抗議も行われた。「バナナ共和国」は一般的には「米国の言いなりの国」を揶揄する表現で、トランプ大統領が複数回にわたりヘルツォグ大統領に恩赦を要請していたことが背景にあるとみられる。他にも、野党党首のアイゼンコット元参謀総長が反対の声を上げており、『The Jerusalem Post』や『Times of Israel』といった主要メディアも否定的な論調を伝えている。
世論調査では、ネタニヤフ政権の支持率は低下しており、次回選挙ではベネット元首相を中心とする内閣が誕生する可能性が指摘されている。ただベネット元首相の支持者の中にも今般の恩赦に対して否定的な立場を取る者も少なくないと思われ、分断の解消を目的としたはずの恩赦が、むしろイスラエルに新たな分裂と政治的混乱を招く可能性がある。
(研究員 平 寛多朗)
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