№95 イラン:医師殺害犯に対し公開処刑/体制にとっての公開処刑の意義
- 2025湾岸・アラビア半島地域イラン
- 公開日:2025/11/13
2025年11月11日(イラン暦1404年8月20日)、イラン司法権は昨年の11月11日(同1403年8月21日)に医師のモフセン・ダーヴーディー氏を殺害した犯人に対する死刑判決を、同日朝に衆人環視のもと執行したことを発表した。
殺害犯は、自身の兄弟が心臓発作によりイラン南西部コフギールーイェ・ブーイェルアフマド州ヤースージュ市内の病院に緊急搬送された際、ダーヴーディー医師をはじめとする医療関係者が対応を誤ったために、兄弟が死亡したと逆恨みし、同医師を銃で殺害した。犯人はその後、殺害映像をネットに公開した上で、その他の医療関係者に対しても復讐を警告するメッセージを出していた。
犯人は警察により迅速に逮捕され、2025年3月に一審でキサース刑(同害報復刑)による死刑判決が下された。そして同年9月に、同判決は最高裁で支持されていた。
評価
イランでは一時下火になっていた公開処刑が再び行われるようになっている。ノルウェーに拠点を置く人権団体「イラン・ヒューマンライツ(IHR)」によると、公開処刑が特に多かったのは2011年から17年にかけてで、2011年には65件を数えた。しかし2018年と19年はそれぞれ13件に減り、20年には1件、21年は0件、22年は2件が記録されていた。ところが、23年には7件、24年は4件執り行われ、25年は今回の公開処刑が8件目である。
確かに、毎年50~65件行われていた2011年から15年に比べれば、公開処刑の件数は少なく、またメディアでの報道ぶりも抑えめではある。またIHRによると、2011年の年間の死刑執行件数は676件であるのに対して、24年は975件にのぼっており、死刑執行件数に占める公開処刑の割合も極めて小さくなっている。公開処刑が2010年代のように盛んに行われるようなことはないだろう。
しかし、イランが一時的に停止したかに見えた公開処刑を近い将来廃止するようなこともなさそうだ。
今回、イラン体制が医師殺害事件の容疑者に対する裁判を迅速に実施し、公開処刑によって幕引きを図った直接の背景としては、医療関係者の国の対応への不満がある。殺害事件から数日後、イラン南部ケルマーン州ジーロフト市やファールス州カーゼルーン市で、救急隊員や看護師らが患者の親族から暴力を振るわれる事件が起きたことに対し、医療関係者の間では自身の身の安全が確保されていないことに対する不満の声が爆発、ヤースージュ市内では一時、民間の診療所の休診や、公営病院の関係者のストライキが起きていた。
しかし、イランが公開処刑という刑罰にこだわるのには、もっと大きな理由があると思われる。
米国の社会学者ランドル・コリンズは著書『脱常識の社会学』(井上俊・磯部卓三訳)の中で、「犯罪とその処罰は、あらゆる社会構造を支える儀礼の基本的な部分である」と指摘する。犯罪、なかでも殺人などの公衆の感情を揺さぶる犯罪の処罰は、「社会成員を再び結束させる感情的紐帯をつくりだす」。そうした処罰を公衆の面前で行い、マス・メディアで大々的に広報すれば、その「演劇的効果」は大いに高まる。医療関係者が医師殺害事件に動揺すればするほど、この動揺に応えるべく、国が断固たる対応を早急に取ることが社会の団結には有用であろう。ヤースージュでの医師殺害事件の(イラン暦での)一周年の前日に死刑が執行されたことは、今回の公開処刑の演劇性をよく示している。
在外メディアなどは、こうした「残虐な」刑罰は国家が自らの強権を誇示し、社会を恐怖させることを目的としたものだと指摘するが、そうした指摘は的外れであるか、刑罰の意味のほんの一部を指しているにすぎない。公開処刑が行われるときの死刑囚の罪状が、殺人やレイプ、ときに強盗であることに注意しなければならない。公開処刑をはじめとする厳罰は、犯人の処罰を求める「社会」感情に応えようとする為政者側の意思に他ならないのである。その「社会」が、社会一般であるか社会の一部であるかはケースバイケースである。抗議活動の過程で警官を殺害した人物が処刑されるケースで、体制が支持を得たいと考えている「社会」は、一般の公衆ではなく、治安関係者たちである。今回の医師殺害事件で支持を得たいと考えている「社会」は、主に国の医療を支える医療関係者たちである。
2017年にイラン北部アルダビール州パールスアーバードで、女児をレイプし、殺害した犯人が逮捕・裁判後、速やかに公開で処刑され、その様子が詳細な写真付きで国内のマス・メディアで大々的に報じられたことがあったが、そこで見られたのは死刑執行の様子をスマホ片手に見物していた地元住民たちの姿だった。こうした「見物客」の存在とその過剰な報道ぶりは、公開処刑の儀礼的・演劇的側面を余すことなく伝えている。なお、この公開処刑に先立ち、犯人の営んでいた個人商店は怒りに満ちた地元住民によって火をつけられるなど、不穏な雰囲気が漂っていた。
イスラエルとの戦争を経て、イラン体制は是非とも社会の結束を必要としている。こうした状況で、医師殺害犯の公開処刑は、体制にとって社会を結束させ国家につなぎとめる好機に映ったに違いない。ただし、公開処刑という手法が現代のイラン社会の結束にどれほどの効果をもたらすのかは、定かではない。
(主任研究員 斎藤 正道)
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