№89 イスラエル:強まる米国の政治介入
米国がハマースとの戦争終結への動きを主導する中、米国のイスラエルへの政治介入が公然化しつつある。2025年10月31日、イスラエル各紙は米国のクリス・ライト・エネルギー長官が、予定されていたイスラエル訪問を中止したと報じた。報道によれば、これは、8月に合意したエジプトへの350億ドル規模の天然ガス輸出契約の承認を、コーエン・エネルギー相が拒否したことへの米国側の反発だとみられている。コーエン・エネルギー相は、エジプトがシナイ半島で軍の増強を行ったことをイスラエルとの平和条約に違反したとみなし、報復的措置として輸出契約の承認を見送る決断をしていた。
11月3日、『The Times of Israel』は、米国のトランプ大統領がネタニヤフ首相は法執行機関から不当な扱いを受けており、その刑事裁判に米国が介入しネタニヤフ首相を支援すると述べたと報じた。トランプ大統領は、10月13日にイスラエルの国会(クネセト)で演説を行った際にも、汚職疑惑で訴えられているネタニヤフ首相に恩赦を与えるよう、ヘルツォグ大統領に訴えている。
これに先立つ10月26日には、パレスチナの指導者であり、現在イスラエルで収監されているマルワーン・バルグーティーについて、トランプ大統領が同氏の釈放とガザでの指導的役割を担わせる可能性について示唆したことに対し、ベン・グヴィル国家安全保障相が「イスラエルは主権国家だ」と反発したことが報じられた。バルグーティーは、10月10日に発効した停戦合意の際、ハマース側がその釈放を求め、イスラエルが「テロリスト」であることを理由として釈放を拒否した人物である。
また、同日、ネタニヤフ首相は定例閣議の冒頭で、「イスラエルは主権国家である」と述べ、ガザ地区における行動はイスラエルが決定していると主張した。これは米国がイスラエルの安全保障政策を決定しているという言説が広まっていたことを受けたものである。
一方、11月1日、『The Times of Israel』は、イスラエル人の3分の2がイスラエル国防軍(IDF)の作戦は米国が主導していると考えているとする世論調査を発表した。同調査では、回答者の69%が、イスラエルは事実上米国の「属国」となっていると回答していた。
評価
米国が政治的介入を強めている背景には、アブラハム合意を拡大することでイスラエルの安全保障を強化し、地域の安定を長期的に確保する狙いがある。10月22日、イスラエルを訪問した米国のバンス副大統領は、ネタニヤフ首相に対し、アブラハム合意を拡大させることで、地域を安定化させ、米国による関与を徐々に低下させたいとの意向を示した。
アブラハム合意の拡大で意図されているのはサウジアラビアである。イスラエルは1979年にエジプト、1994年にヨルダンと和平条約を締結し、2020年にはアブラハム合意によってUAE、バハレーンと関係を正常化させた。この枠組みに、域内で大きな影響力を有するサウジアラビアを加えることで、イスラエル周辺の安全保障環境が大きく改善すると米国はみている。米国はイスラエル、エジプト、ヨルダンの各国に軍事を中心とした年間十億ドルを超える支援を行っており、地域の安定によってその負担を軽減する意図があるとみられる。
今般のコーエン・エネルギー相によるエジプトとのガス輸出契約の拒否は、エジプトへの懲罰的措置という側面があり、エジプトとの関係を緊張させかねない。これは米国の描く地域安定構想を危険にさらす可能性があるため、米国が強く反発したとみられる。
また、サウジアラビアがパレスチナ国家樹立をイスラエルとの関係正常化の条件としていることも、米国の政治的介入を招いていると考えられる。11月3日付の『The Times of Israel』では、サウジアラビアがパレスチナ国家樹立を真剣に条件と考えていないとするトランプ大統領の発言を掲載したが、少なくともサウジアラビアが受け入れられる形でのパレスチナ人自治は不可欠である。
ハマースが釈放を求め、米国が釈放を検討していると報じられたバルグーティーは、パレスチナ人にとって独立闘争の象徴的人物でありファタハの指導者である。現在、ガザ地区の統治をめぐってファタハは権限の回復を主張しており、混乱が生じている。IDFの行動を牽制しつつ、ハマースとファタハ双方とつながりを持つバルグーティーを中心としたガザ統治体制を構築することで、安定したパレスチナ人統治を実現する狙いが米国側にあったと考えられる。
しかし、こうした米国の思惑はイスラエル側の意向を完全に無視したものとなっている。現在のネタニヤフ政権は、二国家解決を望んでおらず、10月23日にはスモトリッチ財務相が「サウジアラビアがパレスチナ国家と引き換えに国交正常化を望むのなら、砂漠でラクダに乗り続けていろ」と発言したことが報じられている(後に謝罪)。またバルグーティーが移送中に暴行を受けたと報じられたことを受け、10月15日にベン・グヴィル国家安全保障相は暴行を否定しつつ、バルグーティーの健康状態が悪化したことを誇りに思うと発言している。
汚職疑惑で訴追されているネタニヤフ首相は、スモトリッチ財務相やベン・グヴィル国家安全保障相といった「極右」勢力と連立政権を組むことで、政権を維持し公判を逃れようとしている。その状況が、米国の望む和平の形を実現することを妨げていると考えられ、それがトランプ大統領のネタニヤフに対する免責発言へとつながっているとみられるが、イスラエル国内では米国のこうした動きを「露骨な政治介入」と受け止める向きも少なくない。
イスラエルは、2026年秋に選挙を控えている。ネタニヤフ政権としては、米国の「属国」としてのイメージを払拭したいとの思惑も働くと考えられる。こうした状況の下、停戦違反を理由とした軍事行動が過度に拡大する懸念がある。また米国としてもイスラエルの暴発を回避するため、ガザやヨルダン川西岸での軍事行動を一定範囲で黙認する可能性がある。
【参考】
「パレスチナ:ハマース、行政のあらゆる権限を委譲する意向」『中東かわら版』No.87。「エジプト:ガザで人道的惨事が進行する中、イスラエルと最大規模のガス契約」『中東かわら版』No.42。
(研究員 平 寛多朗)
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