№88 イラク:初のLNG輸入に向けて米国企業と契約
- 2025湾岸・アラビア半島地域イラクイラン
- 公開日:2025/10/31
2025年10月28日、イラク電力省傘下の企業は、米国テキサス州拠点のエクセレレート・エナジー社と、イラク初のLNG(液化天然ガス)輸入基地に係る契約を締結した。同受入基地は、イラク南部バスラ近郊のホール・ズバイル港に設置される予定で、韓国の現代重工業が建造を担当する浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備(FSRU)が採用される見通しである。
本契約にはエクセレレート・エナジー社によるイラクへのLNG供給も含まれており、最低引取量は日量2.5億標準立方フィート(LNG換算で年間約185万トン)とされている。
評価
イラクの天然ガス需給については、消費量が2014年の7.5BCM(※BCMは10億立方メートル)から2024年には19.8 BCMへと約3倍に増加した一方、同期間の国内生産量は7.5BCMから11.9 BCMへとわずかな伸びにとどまっている(出所:Energy Institute)。この結果、深刻なガス不足が生じており、不足分は隣国イランからのガスパイプライン輸入によって補われている。2024年、イラン産ガスの輸入量は7.8 BCM(国内消費量の約40%)に達した。ガス需要増加の主因は、発電比率の50%以上を占めるガス火力発電の拡大にある。ガス火力の発電電力量は2013年の12.3テラワット時(TWh)から2023年には75.6TWhへと約6倍に増加しており(出所:IEA)、今後もガス火力発電のフル稼働が続くと予想される。
今回、米国企業がイラク初のLNG輸入事業を支援している背景には、イラクの対イラン産ガス依存を低減させる意図があると考えられる。米国は、イラクにおけるイランの影響拡大を強く警戒しており、先月には米国務省がシーア派民兵組織「人民動員隊」傘下の4団体に対して制裁を発動した。これらの組織は「イラク・イスラーム抵抗運動」を名乗り、イラクやシリアにある米軍基地やイスラエルを無人機などで繰り返し攻撃をしてきた。こうした中、イラク連邦政府は発電用燃料の多くをイラン産ガスに依存しているなどの事情もあり、人民動員隊やその支援国であるイランに対して、軍事作戦の抑制を強く求めることが困難な立場にあると見られる。
イランは2024年にイラクとの間で、5年間のガス輸出協定を延長したばかりだが、米国の制裁によってイラクからのガス輸出代金の受け取りに大きな障害が生じていることから、イランはイラクへのガスの輸出を減らしているとされる。一部報道によると、イランとイラクの間のガス輸出協定では、イランは日量0.05BCMのガスをイラクに輸出する規定になっているが、実際には0.015BCMしか輸出されず、イラクの電力不足の原因の1つになっている。イランはガス輸出代金を、イラクからの食料品や医薬品、さらには原油の輸入によって受け取る協定を結んでいるが、2023年時点でイラクの対イラン債務は100億ドル以上に上ると言われていた。
こうした状況にもかかわらず、イランがイラクへのガス輸出を継続させてきたのは、イラクが、イランが影響力を行使することのできる数少ない拠点となっているためだとも指摘されている。シリア・アサド政権の崩壊とレバノン・ヒズブッラーの弱体化以降、イランにとってのイラクの重要性はさらに高まっている。
また、イランはイラク国内の銀行を利用して、米国の制裁を回避する形で外貨を獲得しているとも言われている。米財務省は2025年2月にイラクの銀行5行に対して、ドル取引を禁ずる決定を下したが、これはイランに対する「最大限の圧力」の一環であると見られる。今回のイラクと米国企業の契約調印式には、米エネルギー省のダンリー次官が臨席したことは、この契約が米国政府の「支援」の下で結ばれたことを意味していよう(9月下旬のイラクのフサイン外相とエクセレレート・エナジー社のコボスCEOとの会談でも、米国務省の高官が臨席していた)。この点からも、今回の契約は米国による対イラン圧力としての側面を有していると理解することができる。
【参考】
「イラク:アメリカが人民動員隊の4派をテロ組織に指定」『中東かわら版』No.59。
(主任研究員 高橋 雅英)
(主任研究員 斎藤 正道)
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