№87 パレスチナ:ハマース、行政のあらゆる権限を委譲する意向
ここ数日、米国のトランプ大統領が主導したガザ問題を解決するための計画の「第二段階」への移行に向けた準備、議論がパレスチナで進んでいる。この「第二段階」ではハマースの武装解除とガザ地区の統治をハマースから非政治的なパレスチナ委員会に移行させることが想定されている。
2025年10月26日、『Quds』紙はハマースの指導者であるハリール・ハイヤ氏が、ガザ地区の治安を含む行政のあらゆる権限を「行政委員会」に引き渡す用意があると述べたと報じた。さらにハイヤ氏は、停戦監視のため国連軍が展開すること、またパレスチナ人の国民統合のため選挙を実施することに関してファタハと合意したと明らかにした。
これに先立つ23日、ハマースを含むパレスチナ諸勢力は、エジプトのカイロで停戦後のガザ地区に関する協議を行なった(ファタハは不参加)。翌24日、パレスチナ諸勢力はガザ地区の統治を、テクノクラートで構成される暫定パレスチナ委員会に移譲することで合意した。
同日、ハマースは停戦合意を完全に遵守しているとする声明を発表した。また、パレスチナで第2の規模を持つ抵抗組織イスラーム聖戦(※米国等でテロ組織に指定)のナハーラ事務総長も、同組織がガザ地区における停戦合意を遵守すると強調した。
こうした動きを受け、25日、ファタハはパレスチナ諸勢力がガザ地区の統治をテクノクラート行政委員会に移譲することで合意したことを「重要で必要な一歩」と評価した。
一方、同日、ファタハは「暫定パレスチナ委員会はパレスチナ自治政府(PA)の管理下に置かれるべきであり、ガザ地区の治安はパレスチナ人の責任であり、治安を監視する国際部隊は、同区外にいるべきである」と主張する声明を出した。
さらに26日、ファタハの報道官が、テクノクラートで構成される暫定パレスチナ委員会の議長はPAの閣僚でなければならないと述べた。同日、ファタハと関係の近いパレスチナ人民闘争戦線は、パレスチナ統治におけるPLOの正当性を強調する声明を出した。
評価
今般のハイヤ氏およびファタハの発言は、「シャルム・シェイフ合意」に沿い、停戦が維持され、ガザ地区情勢が「第二段階」に向かいつつあることを示す一方、その過程に潜む深刻な問題を浮き彫りにしている。
10月13日に、エジプトで開催されたシャルム・シェイフ和平サミットは、米国のトランプ大統領の計画に沿って、ハマースとイスラエル間で合意に至った停戦合意を、米国が公的に保証する姿勢を国際社会に示した点に大きな意味を持った。ハマースはこの合意に基づき、人質の解放を行い、イスラエルへの攻撃を停止している。
ハマースが合意を遵守する背景には、イスラエルによる合意違反とそれに伴う軍事攻撃を米国が容認しないという安心感があり、これがガザ地区統治の移譲に関するハマースやパレスチナ諸勢力の姿勢につながっているとみられる。実際、ハマースのハイヤ氏は、イスラエルの占領再開の口実は与えないと強調する一方で、「トランプ大統領が戦争は終わった」と述べていることが安心感を与えていると述べている。
他方、トランプ大統領主導の解決案では、ハマースと関係のないテクノクラートによる行政委員会の設置が目指されるが、その帰属がPLOの管轄に置かれるのか、PLOから独立した機関に置かれるのかは明確でない。
PLOは、パレスチナ人を代表する機関として、PAを通じて行政を担っており、ガザ地区の統治権は自らに帰属すると主張している。パレスチナ人の唯一の代表機関であるPLOにとっては、ガザ地区がパレスチナから切り離されることは、パレスチナ国家樹立を阻むものである。
また、9月の国連総会でフランスがパレスチナ国家を正式に承認したことは、欧州における二国家解決支持の姿勢を明確にするものであり、国際社会における「パレスチナ国家」の正当性を一層強める動きとなっており、このこともPLOにとってガザ地区の統治を主張後押ししている。
他方で、イスラエルのネタニヤフ首相は、23日に、根本的な変化が起こらない限り、イスラエルはガザ地区の統治にPAが関わることを認めないと強調している。この反対姿勢の背景には、イスラエルが依然として二国家解決を拒否する立場を取っていることがある。イスラエルにとって、ガザ地区の統治権をPAに移譲することは、米国の保証の下で「パレスチナ国家」に実態を与えることにつながりかねない。
ガザ地区を誰が統治するかは、イスラエル、PAにとって極めて重要な問題であり、ハマースの武装解除以上にガザ戦争解決の根源的な争点となりうると言える。
【参考】
「イスラエル・パレスチナ:人質解放に関する思惑の違いとガザ情勢の今後」『中東かわら版』No.74。
(研究員 平 寛多朗)
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