中東かわら版

№86 カタル:EUの人権・環境管理義務CSDDDへの反対で米国と連携

 2025年10月22日、カアビー・エネルギー担当国務相(兼カタルエナジー社CEO)と米国のライト・エネルギー省長官は、欧州連合(EU)加盟国に対し、EUが導入を検討する「企業の持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」の廃止、もしくは抜本的な見直しを求める書簡を送付した。

 CSDDDは、EU域内で活動する大企業に加え、EU市場で一定規模以上の売上を上げる域外企業に対しても、サプライチェーン全体における人権基準の遵守や、2050年までに気候中立(※温室効果ガス排出の実質ゼロ)を達成するための方針の策定を、法的に義務づけるものである。違反した場合には当該企業に対し、世界売上高の最大5%の罰金が科される。

 カタルと米国はEU加盟国に液化天然ガス(LNG)を輸出していることから、CSDDDの原案が欧州議会で成立すれば、両国の企業も人権・環境管理義務の対象となる見通しである。このため両国は、同規則が欧州向けLNG供給に及ぼす影響に懸念を示し、撤回を求めている。10月16日、カアビー・エネルギー担当国務相は、追加の修正が行われなければ、カタルはEU域内での事業継続が困難となり、LNGを供給できなくなる可能性があるとの見解を示した。

 

評価 

 カタルにとって天然ガスの輸出、特に欧州市場でのLNG販売拡大は非常に重要である。国家財政を支える天然ガスの主な輸出先はこれまでアジア諸国で、2024年にはLNG総輸出量の約8割がアジア市場向けであったのに対し、欧州市場は13%にとどまった。こうした中、カタルはノースフィールド・ガス田の拡張事業を通じて、LNGの年産能力を7700万トンから最大1億4200万トンへと引き上げる計画である。こうした増産分のLNGを全て売りさばくには、欧州向け輸出の増加が不可欠である。

 カタルは欧州向け天然ガス輸出を増やすため、LNG生産施設の低炭素化にも対応している。この背景には、EUが2026年に環境規制の緩い国でつくられた輸入品に事実上の関税をかける制度である国境炭素調整措置(CBAM)を本格導入することがある。カタルは、LNG生産施設に太陽光由来のクリーン電力を供給することで、LNGサプライチェーンの低炭素化を図り、将来的な炭素関連の課税を回避することで、市場競争力の向上を目指している。こうした取り組みを進めている中、EUが新たな規則としてCSDDDを導入し、人権・環境管理義務をさらに課そうとしていることに対し、カタルは不信感を強めている。

 今般、カタルは米国と連携することで、EUに対してCSDDDの見直しを促すよう圧力を強めている。カタルと米国の関係については、9月13日に発生したイスラエルによるドーハ攻撃を受けてカタル側の対米不信が一時高まったものの、同月29日にトランプ米大統領がカタルの安全保障を確約する大統領令に署名したことで、関係改善に向けて大きく前進した。

 米国もカタルと同様に、EUが求める厳しい環境規制に対して懸念を抱いている。トランプ大統領は2025年1月の就任直後に地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」からの離脱を表明し、石油・天然ガスの増産に支障をきたすような環境規制には応じない姿勢を明確にする。一方、EUにとって米国は極めて重要なエネルギー供給国であり、ロシアによるウクライナ侵攻を機に欧州が脱ロシア政策を進める中、米国産LNGが欧州の天然ガス調達を大きく支えている。

 こうした事情を踏まえ、カタルはEUに対して影響力を持つ米国と協調することで、CSDDDの見直しに向けた突破口を開こうとしている。ただ、カタルがLNG供給を政治的な交渉手段として過度に利用すれば、カタル産LNGの購入に慎重になる国が増える可能性もある。

 

【参考】

「カタル:米国がカタルの安全保障を確保」『中東トピックス』2025年9月号No.T25-06。※会員限定

(主任研究員 高橋 雅英)

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