№84 トルコ:ガザ和平会議をめぐるトルコの対応とイスラエルの反発
2025年10月13日、エジプトのシャルム・シェイフでガザ和平会議が開催され、米国、トルコ、エジプト、カタルが主要な仲介国として、停戦および、捕虜交換に関する共同文書に署名した。
エルドアン大統領は同会議で、ガザ地区への人道支援拡大と停戦後の監視メカニズムへのトルコの関与を強調した。さらに10月15日の帰国後の記者会見で「トルコはガザの人々の安全と尊厳を守る責任を負う」と述べ、イスラエルの軍事行動を改めて「国際法違反」と非難した。また、停戦履行の監視にトルコ軍要員を派遣する可能性を初めて示唆し、エジプトおよびカタルと連携して「保証国メカニズム」の具体化を進める考えを示した。
同日、フィダン外相もトルコが「政治的な仲介にとどまらず、現地の安定化を支える実務的な役割を果たす」旨を表明し、エルドアン大統領が、エジプトのシーシー大統領、カタルのタミーム首長との定期的な協議を継続すること、並びに3カ国による調整会合の準備が進んでいることを明らかにした。
こうしたトルコの動きに対し、イスラエル政府は警戒を強めている。ネタニヤフ首相は16日の閣議後、記者団に対しトルコの行動を「政治的示威」と批判し、「トルコはハマースに外交的庇護を与え、停戦履行を歪めようとしている」と主張した。その後、イスラエル政府筋は、トルコが主導的関与を目指す「ガザ復興基金」構想について、安全保障上の懸念を理由に参加を拒否する方針を示した。さらに20日のクネセト開会演説でネタニヤフ首相は、トルコとカタルを「新たな地域的脅威」と暗に指摘し、両国の関与に対する警戒姿勢を改めて強調した。
これらの発言と外交措置を通じ、イスラエル政府の対トルコ警戒は、発言段階から正式な外交対応の段階へと移行したことがうかがえる。ガザ停戦の国際的な枠組みは一定の合意を見たものの、トルコの関与をめぐってイスラエルとの外交的緊張は再び高まりつつある。トルコは「人道支援と地域安定の責務」を掲げ、仲介的役割を引き続き維持する姿勢を示している。
評価
今般のガザ和平会議で、トルコが米国、エジプト、カタルとともに合意文書に署名したことにより、トルコは停戦履行に関与する「仲介国」の一つとして正式に位置づけられた。エルドアン大統領は帰国後の会見で、停戦監視や人道・復興支援へのトルコの積極的な関与を表明したが、これは、トルコがガザ問題を通じて中東外交の主要当事者として再び存在感を高め、米国主導の和平の構図に地域的な視点を持ち込む動きを象徴している。
フィダン外相は、10月18日のテレビ番組で、「トルコはこれまでガザの停戦交渉で仲介者として行動してきた」と説明し、イスラエルとハマース双方との対話を維持する立場を強調した。フィダン外相の発言はイスラエル側の「過剰な政治介入」との批判に対する応答であり、トルコが現段階で「中立的立場」を保っていることを示すものだったとみられる。
しかし、同外相は10月20日の声明で、トルコが今後の二国家解決の枠組みにおいて「実質的な保証国(fiilî garantörlük)」となる用意があることを表明した。さらに「パレスチナ人が受け入れ可能な合意が成立すれば、トルコはその履行を確保する責任を担う」と述べ、停戦が確立した段階でトルコが政治・安全保障の両面で保証を提供する意向を示した。ここで言う「保証国」とは、トルコがキプロス問題で用いてきた概念に近く、外交支援にとどまらず、必要に応じて安全保障上の責任を他の関与国と共同で負う立場を指す。この枠組みでは、紛争当事者が一方的に合意を逸脱することを防ぐことが想定されており、イスラエルもハマースも勝手な行動を取れないよう、国際的な圧力が働く構造を意味している。つまり、トルコは現段階では仲介国として停戦履行を支えつつ、将来的には二国家体制の実現を保証する国際的枠組みの一員となることを視野に入れていると言える。
一方でトルコは自らを仲介国として位置づけているものの、ハマース指導部との緊密な関係やこれまでの支援の実態を踏まえれば、その立場を中立とみなすことは難しい。イスラエル側は、トルコの関与をハマース支援の延長線上にあると認識しており、ネタニヤフ首相の批判やガザ復興への懸念も、こうした現実的な警戒に基づく対応といえる。ただし、両国間の不信はガザ問題のみに起因するものではなく、東地中海政策や安全保障観の相違など、従来からの対立にも根ざしている。今回の一連の動きは、そうした対立を改めて表面化させたものといえる。
他方、トルコはこれらの批判を意に介さず、停戦履行を支援する「早期作業部会(erken çalışma grubu)」の設立を主導し、捕虜交換や人道回廊の調整など実務面での関与を強めている。こうしたトルコの積極的な関与は、人道支援を名目としながらも、停戦後のパレスチナにおける統治と安全保障の再編に対する発言力を確保する戦略がある。
結果として、ガザ停戦合意後の外交環境は、トルコが短期的には「仲介国」として、長期的には「保証国」として位置づけられる構図へと移行しつつある。トルコは、停戦履行支援と二国家解決の双方を梃子に、地域秩序の再編における主導的役割を拡大しようとしている。
もっとも、トルコが強調する二国家解決は、現実的な実施計画に裏付けられたものではなく、理念的・象徴的な側面が強い。そのため、当面は停戦の維持や復興支援といった実務の分野で影響力を発揮することに重点を置くとみられる。
【参考】
「イスラエル:ネタニヤフ首相、トルコを「新たな脅威」と認識」『中東かわら版』No.82。
「イスラエル・トルコ・パレスチナ:ガザ和平へのトルコの関与」『中東かわら版』No.73。
(主任研究員 金子 真夕)
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