№83 イスラエル・パレスチナ:イスラエルへの取り込みが進むヨルダン川西岸
ヨルダン川西岸地区でイスラエル人入植者による、土地の掌握とパレスチナ人排除を目的とした「侵攻」が止まらない。
2025年10月21日、ヨルダンの国営通信社『Petra』は、パレスチナの「植民地化と壁に抵抗する委員会(CWRC)」が、今シーズンのオリーブ収穫時期が到来して以来、イスラエル軍と入植者によるオリーブ収穫者に対する襲撃が、ヨルダン川西岸地区で158件あったと発表したと報じた。
襲撃件数は西岸地区北部のナーブルスで56件と最も多く、次いで自治政府があるラーマッラーで51件、西岸地区南部のヘブロンで15件と続いた。CWRCによれば、オリーブ畑を標的とした攻撃は74件あり、そのうち29件は木の伐採やブルドーザーによる破壊が行われ、それにより795本のオリーブの木が破壊された。また農民に対する移動制限と脅迫は57件、殴打と身体的暴行は22件報告された。
10月20日、パレスチナの国営通信社『WAFA』は、入植者がラーマッラー北部と西岸地区東部の村で家畜を放牧したと報じた。こうした放牧行為は、パレスチナ人の農作物に被害を与えると同時に、入植者が土地を「使用している」という既成事実を積み重ねることで、農地や放牧地をパレスチナ人から奪うことを目的としている。
同通信社は、こうした行為はパレスチナ人の生活を脅かし、彼らの財産や作物に直接的な損害をもたらしていると非難した。さらに、同日に西岸地区の複数の地域で、入植者による農地やオリーブ収穫者に対する襲撃があったことも報じた。
このような家畜の放牧やオリーブ収穫者に対する襲撃は毎年報告されているが、CWRCによると、今シーズンは過去数十年で最も困難で危険な時期の一つとなっている。また農地が「軍事封鎖地域」と宣言され、農民が自分たちの土地に近づくことが妨げられるケースも前例にないほど増加している。
評価
CWRCが報告した、家畜の放牧やオリーブ収穫者への襲撃増加の背後には、ベン・グヴィル国家安全保障相とスモトリッチ財務相の影響があるとみられる。
6月10日、イスラエルの『The Times of Israel』紙は、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人に対する過激主義者の暴力を煽ったとしてイギリスなどの5カ国が、両閣僚の入国禁止と資産凍結をしたと報じた。また29日にも、「(両閣僚は)繰り返しパレスチナ人に対する暴力を入植者に煽り、ガザ地区の民族浄化を求めた」ことを理由に、オランダへの入国が禁止されたと報じた。ヨーロッパでも問題視されるほど、両閣僚は入植者の暴力を煽っていた。
しかしこのような制裁が課せられた一方、スモトリッチ財務相は8月13日に、エルサレム東部のE1地区と呼ばれる地域に入植者の住宅を新たに建設することで、「パレスチナ国家という考えを葬る」と述べている。さらに、スモトリッチ財務相は9月3日に、パレスチナ国家の建設を妨げるためヨルダン川西岸地区の82%をイスラエルに併合することを提案した。両閣僚には、二国家解決やパレスチナ人との共存という考えがないことがうかがえる。
両閣僚のような考えがどの程度、イスラエル国内で支持を集めているかは不明であるが、少なくとも入植地域では一定の支持があると考えられる。ワシントン近東政策研究所の分析によれば、両閣僚の属する各政党は、入植地において他地域よりも明らかに強い支持を得ている。
両閣僚は自ら西岸地区入植地に居住し、入植者との強い関係を築いている。入植者に影響力を持つ彼らが、パレスチナ人を追い出し西岸地区をイスラエルに併合するという発言を繰り返すことで、西岸地区での暴力が増加していると考えられる。
ヨルダンのアブドッラー2世国王などは、各国首脳との会談のたびに、ヨルダン川西岸地区における状況を訴えているが、西側諸国ではガザ地区の情勢に焦点を当てた報道がなされる傾向にある。ヨルダン川西岸地区に目が向かない中で、イスラエルによる「侵攻」は確実に進み、ベン・グヴィル国家安全保障相、スモトリッチ財務相が望むように、二国家解決の考えが実質的に消滅しつつあると言える。
(研究員 平 寛多朗)
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