中東かわら版

№66 エジプト:アラー恩赦にみる対イギリス関係調整と政権の自信

 2025年9月22日、シーシー大統領はアラー・アブドゥルファッターフ氏を恩赦した。同氏はイギリスとエジプトの国籍を持つエジプト人ブロガーであり、2011年の「アラブの春」で活動した人物として知られている。同氏は過去10年間に複数の罪で起訴され、直近では2021年に懲役5年の判決を受けていた。また、7月21日に裁判所が名簿からの削除を決定するまで、テロリストのリストにも名前が記載され、渡航禁止と資産凍結の対象となっていた。

 23日、イギリスのクーパー外相は恩赦の決定を歓迎した。そして同氏がイギリスに帰国し、家族と再会できる日を心待ちにしていると述べ、シーシー大統領に感謝の意を示した。

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 今般の恩赦に関して、当局は「エジプトの人道的側面」を反映したものであると強調する一方、外交上の見返りとしての側面も確認できる。イギリス政府の声明によれば、同国のスターマー首相が5月にシーシー大統領と電話会談を行った際、アブドゥルファッターフ氏の件を取り上げ、釈放をエジプト側に強く求めた。7月に同氏がテロリストのリストから削除されることが決定された翌日、イギリス政府は両国の関係を戦略的パートナーシップへと昇格させると発表した。

 しかし8月に入ると、在イギリス・エジプト大使館前でのデモをめぐりエジプト政府はイギリスに対して不快感を表明した。エジプト側の主張によれば、同国がテロ組織と認定しているムスリム同胞団がロンドンのエジプト大使館前でデモを行った際、イギリスは適切な処置を怠った。この際、同胞団と衝突したエジプト人がイギリスに拘束されている。エジプトはこれに激しく抗議し、イギリスは即日拘束したエジプト人を釈放した。31日には、エジプト政府により防護バリケードが撤去されたことで、在カイロ・イギリス大使館が本館を閉鎖するという事態となった。この措置は、エジプト国内で外交の相互主義を求める声が高まり、それを受けたものである。

 一方で、エジプトとイギリスの関係が決定的に悪化したというわけではなく、同胞団との衝突で拘束されたエジプト人の釈放を求める電話会談の際、アブドゥルアーティー外相は両国の関係を戦略的パートナーシップへと引き上げる方策について協議している。9月9日には、イギリスが求めていたアブドゥルファッターフ氏の恩赦を検討するよう、シーシー大統領が関連当局に指示を出した。結果的に、同氏の恩赦は国内世論への対応と対イギリス関係の調整が重なったものとなった。

 また今般の恩赦は、シーシー政権が盤石となったという自信の表れでもある。アブドゥルファッターフ氏は、「アラブの春」における最も著名な人物の一人であり、「アラブの春」後も、人権侵害等に抗議する活動を積極的に行っていた。長期化するシーシー政権は、大統領に権限を集中させており、「アラブの春」以前のムバーラク政権に類似した様相を呈している。そのような中、発信力のある同氏を早期に釈放することは、シーシー政権に対する反政府運動を誘引する可能性があった。実際、同氏は2014年には無許可デモに関与したとして収監され、2019年に釈放されたものの、その年に起きた抗議デモの最中に再び拘束されている。

 2013年に成立した抗議規制法と2015年のテロ対策法は、反政府運動を行った者たちをテロリストとみなし拘束する法的基盤を整えた。それから10年が経過し、2011年のような大規模デモは再現困難となった。何より、「アラブの春」の象徴的人物であったアブドゥルファッターフ氏を釈放できること自体が政権の自信を示している。ムバーラク政権のように長期化したシーシー体制が「アラブの春」の象徴に恩赦を与える構図は、その運動の完全な終焉を物語っている。

(研究員 平 寛多朗)

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