中東かわら版

№37 シリア:スワイダ県での戦闘を経てイスラエルが南部諸県を管理

 2025年7月11日ごろから、スワイダ市周辺で遊牧民(ベドウィン)の部族(部族名不明)とドルーズ派信徒の住民との間で戦闘が発生した。これを受け暫定政権の軍・治安部隊がスワイダ県に進出し、遊牧民に与して戦闘に参加した。戦闘により、遊牧民、ドルーズ派信徒双方の民間人や負傷者に対する処刑や追放が横行し、シリア人権監視団(在イギリス)によるとこれまでに1300人以上が死亡した。また、一時スワイダ市が封鎖され、電力や物資の供給が途絶した。戦闘が1週間近く続いたことにより、シリア各地から部族民兵が動員され、数万人がスワイダ県に向かった。

 この情勢を受け、イスラエル軍は「ドルーズ派の保護」と称して戦闘に干渉し、暫定政権に軍・治安部隊の撤退を要求してダマスカス市内の国防省庁舎、大統領宮殿近傍などを爆撃した。アメリカ、イスラエル交えた交渉により、20日に停戦が宣言され、本稿執筆時点で戦闘は沈静化した。停戦に伴い暫定政権の軍・治安部隊はスワイダ市から撤退したが、その一方でイスラエルから同市へ向かおうとする者の越境や、ドルーズ派信徒への物資の提供などについての報道も出た。

図:2025年7月23日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

評価

 スワイダ県では従来から遊牧民とドルーズ派信徒の住民との争いが発生してきたが、その多くは遊牧民と定住民との生活様態の違いから生じる摩擦と解するべきものだった。こうした争いに、軍・治安部隊を含む当局はいずれかに与することなく双方を調停する立場で臨んできたが、今般は軍・治安部隊がドルーズ派住民を攻撃する立場で戦闘に参加した。暫定政権側は、2024年12月の体制変換以来、スワイダ県で自治を営むかのように振舞うドルーズ派住民の民兵の解体・武装解除を名分として戦闘に介入したと思われる。しかし、暫定政権はイスラエルの脅迫に屈して軍・治安部隊の行動が制約される中、シリア各地から諸部族の民兵を戦闘に参加させた。ドルーズ派住民の武装は解除、諸部族の民兵は政策的に利用して武装を黙認するという暫定政権の態度は、「国家による武力の独占」はもちろん、「シリアは一つ」との名分にも反するものである。

 戦闘を経て、シリア南部の「非武装化」を図るイスラエルの目的・要求はほぼ達成された。暫定政権側には、イスラエルからの攻撃を抑止・迎撃する能力が皆無で、イスラエル軍はゴラン高原の占領地があるクナイトラ県、今般戦闘の舞台となったスワイダ県だけでなく、両県の間に位置するダラア県、ダマスカス市と南部諸県を結ぶダマスカス郊外県の一部でも行動の自由を得た。なお、イスラエル軍によるダマスカス市などへの爆撃は国際的な非難を浴びたが、イスラエルに対し行動の抑制や(シリア南部の非武装化などの)要求事項の取り下げにつながるような行動に出た当事者は全くなく、シリア・アラブ共和国の主権の喪失と領域の解体が一段と進んだ。

(特任研究員 髙岡 豊)

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