№27 イラン:ありうべきポスト・ハーメネイーのイメージ
- 2025湾岸・アラビア半島地域イラン
- 公開日:2025/06/18
トランプ米大統領は2025年6月18日付の「トゥルース・ソーシャル」への投稿の中で、「いわゆる『最高指導者』がどこに隠れているのか、我々は正確に知っている。彼は容易なターゲットであるが、そこでは安全だ。我々は、少なくとも今のところ、彼を排除する(殺害する!)つもりはない。しかし、我々は市民、あるいは米兵士にミサイルが撃たれることを望んではいない。我々の忍耐もなくなりつつある」と投稿し、その数分後「(大文字で)無条件降伏!」と記した。
その前日、イスラエルのネタニヤフ首相は、米ABCニューズとのインタビューで、イランのハーメネイー最高指導者の暗殺によって「戦闘は激化せず、むしろ終結する」と述べ、さらに同指導者をターゲットにするつもりかとの問いに、「我々はやるべき仕事をやる」と述べて、その可能性を否定しなかった。
イランによる対イスラエル攻撃で多数の市民の犠牲者が出る、あるいはイランが米国の基地や公館に対して攻撃を行うといったようなことがあった場合、イスラエルと米国が共同でハーメネイー最高指導者の排除に向けた行動に出ることも考えられる。
評価
ハーメネイー最高指導者がイスラエル(と米国)によって強制的に排除された場合、(1)ポスト・ハーメネイーをめぐるイスラーム共和国内の権力闘争が生じながらも、同共和国が命脈を保つケースと、(2)イスラーム共和国体制そのものが瓦解するケースの2つが考えられる。
(1)の場合、イスラーム共和国の権力を構成してきた様々なプレーヤーが権力闘争を開始することになるが、その主なプレーヤーとしては、
①イスラエルの攻撃を生き残った軍部(幹部が殺害された革命防衛隊に加え、正規軍や民兵組織「バスィージ」の関係者を含む)
②次期最高指導者を選出する専門家会議の議員をはじめとする有力な宗教指導者たち
③イラン経済を牛耳る「財団」(被抑圧者財団、イマーム・レザー廟管理財団、イマーム命令実行本部など)の有力者
④現政権を構成する穏健保守派の関係者(ロウハーニー元大統領周辺を含む)
⑤国内政治から排除されてきた改革派(ハータミー元大統領の周辺を含む)
⑥同じく国内政治から排除されてきた「救世主待望論者」のアフマディーネジャード元大統領の支持派
などを想定することができる。米国やポスト・ハーメネイーの解放感に浸る市民からの圧力のもと、国際協調路線を志向する④や⑤が力を持つ可能性もある一方、現体制以上に排外主義が強まり、①が権力を独占するケース、さらにはハーメネイー最高指導者が殺害された場合、彼の救世主マフディーとしての再臨を主張する潮流が⑥を中心に生じる可能性すらあるだろう。その場合、同国が抑止力として、あるいは「最終戦争」の手段として核兵器開発に猛進する可能性も排除されない。ただし、①のケースがただちに排外主義に結びつくわけではなく、特に革命防衛隊は経済活動にも従事していることから、実利重視から国際協調路線に動く可能性もある。
(2)の場合、いわゆる「市民運動」がイラン国内で沸き起こる可能性があるが、その運動で中心的な役割を演じる「市民」がいかなる人たちであるかが問題になる。その中には、
①これまで抑圧されてきた女性の自由や権利をはじめとする市民的権利を主張する人々
②同じく抑圧されてきた宗教的・民族的マイノリティの権利を主張する人々
③米国在住の前王の息子レザー・パフラヴィーを「シャーハンシャー(王の中の王)」として担ぎ出そうとする王政復古主義者やペルシア民族主義者
④イスラーム共和国体制の復活を主張する宗教右翼、特に(1)でも言及した、ハーメネイー師を「マフディー」と崇め、彼の「再臨」を主張する勢力
などを想定することができるだろう。イランでは現体制に反発する一般市民が多いものの、彼らを導くような「カリスマ的」指導者はおらず、彼らを誰が指導するかによって、その後の政治状況も変わりうる。②や③の声が強くなった場合、イラン国内が宗教的・民族的に分裂し、内戦が起こる危険性も排除されず、また④の場合、マフディー降臨を早めるためとして、各種の暴力が世界に撒き散らされる危険性も否定できない。
いずれにせよ、ハーメネイー最高指導者が排除されたからといって、ポスト・ハーメネイー体制が米国やイスラエルにとって都合の良いものとなる保証はどこにもない。
【参考】
「イスラエル:イランへの勝利に向けたシナリオ」『中東かわら版』2025年度No.26、2025年6月18日。
「イスラエル:イランの無力化と国際社会への牽制を兼ねた軍事展開」『中東かわら版』2025年度No.25、2025年6月16日。
「イラン:イスラエルがイラン各地を攻撃」『中東かわら版』2025年度No.24、2025年6月13日。
(主任研究員 斎藤 正道)
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