中東かわら版

№25 イスラエル:イランの無力化と国際社会への牽制を兼ねた軍事展開

 2025年6月14日、イスラエルは前日に開始した軍事作戦「立ち上がる獅子」(『聖書』民数記23:24に由来すると思われる)の一環で、イランの無力化を見据えた連続攻撃を実施した。14日を通じ、テヘランのメフラバード国際空港、石油貯蔵庫、各種軍事施設、国防・軍需省、国防・軍需省研究刷新機構、またエスファハーン周辺、西部の弾道ミサイル及び巡航ミサイル保管庫、南部パルス・ガス田やファジュル・ジャム発電所等、多数に及ぶ。攻撃はイラン北西部(テヘランとその以西)の軍事及びエネルギー・インフラ施設に集中し、現時点で南西部、つまりペルシャ湾岸沿いの軍施設は優先的な攻撃目標ではない様子である。

 

評価

 13日の先制攻撃に関して、イスラエルとしてはまず、イランとの核交渉で歩み寄りと取れる姿勢を見せ始めた米国を牽制する意図があったと考えられる。攻撃の結果、15日に開催予定だった交渉をイラン側の申し出に基づいて(イランが交渉を拒否した形で)中止させたことは、イスラエルにとって大きな成果である。

 また内政面に目を向ければ、議会解散の危機も報じられた状況下、イランという最大の脅威との交戦となれば、ネタニヤフ首相としては有事の継続、つまり政治生命の延命が可能となる。ただしイランの報復でイスラエル国民が死傷したことの責任の所在を考えれば、有事の継続は同首相にとって決してノーリスクではない。

 そもそもイスラエルにとってのイランの脅威は、自国への敵意(によって成り立つイラン現体制)と核兵器であり、敵意がなくならない以上は核兵器をなくすのが合理的な戦略となる。すなわち、①核兵器の製造を可能にする施設と、②核兵器を製造・使用する指示系統(人材含む)を破壊すれば脅威を排除できる。このことを前提に13日の先制攻撃が行われたが、これによってイランが核兵器を開発できなくなったとの判断はイランからはもちろん、イスラエルからも出されていない。したがって①の面での脅威は残っており、今後さらなる攻撃を核施設に加える可能性は十分考えられる。

 また②の面に関しても、革命防衛隊総司令官や軍参謀総長の後任はいずれ現れるため、究極的にはハーメネイー最高指導者を殺害し、現体制を崩壊させない以上は脅威が残る。しかし最高指導者殺害まで踏み込めばイラン情勢の見通しが立たなくなり、この点で周辺アラブ諸国はもちろん、イスラエルの自衛権を支持する米国からも地域の不安定化を懸念した上での反発が予想される。したがってイスラエルからすればギャンブル要素が大きすぎる。

 もっとも14日のイスラエルの軍事展開からは、同国が核兵器に限らず、政治・軍事・経済の諸面でイランを無力化させようとの意図が看取できる。2023年10月以降のガザ戦争を通じ、軍事力でハマースやこれを支持するイラン及び親イラン勢力を圧倒してきたイスラエルだが、最近になって欧州諸国からのプレッシャーが強まっている。15~17日(現地時間)にカナダで開催されるG7サミットを通じて、イスラエルの軍事展開に対する強い風当たりが予想される中、イスラエルとしては仮に自国が孤立することになってもその時すでにイランを無力化させておけば、そのダメージを最小限のものとすることができる。

 関連して、17~20日(現地時間)にニューヨークの国連本部で開催予定だったフランスとサウジアラビアを共同議長国とするパレスチナ国家承認のロードマップ策定を目指す国際会議に対しても、イスラエルは同様の思惑を持っていたと思われる。これについては13日、フランスのマクロン大統領が地域情勢の緊張の高まりを受けて渡航が困難との理由で、会議の延期を発表した。イスラエルとしては、欧州とアラブ諸国の牽制にも成功したということになる。

 なお米国は、イランとの交渉が理屈上はイランの都合で延期になったことで、今後の交渉で強気な姿勢を取り戻すよう、イスラエルから後押しを受けた形となる。ただしこれによって中東に駐留する米軍(地図赤点)がイランの標的になるリスクを負うことになった。親イラン民兵ネットワーク「抵抗の枢軸」はガザ戦争を通じてほぼ機能不全だが、それでも同諸派にとって、域内の比較的小規模な米国権益への攻撃はイスラエル本国への攻撃よりも容易である。こうした事情から、駐留米軍をはじめとする域内の米軍権益が攻撃を受ける可能性は否定できない。

 


図 中東地域の米軍駐留地(赤点)

(出所)公開情報を元に筆者作成。

 

【参考】

「イラン:イスラエルがイラン各地を攻撃」『中東かわら版』2025年度No.24、2025年6月13日。

「イスラエル:欧州諸国等からのガザ攻撃批判に対して強い警告」『中東かわら版』2025年度No.19、2025年5月28日。

「イスラエル:イランへの報復攻撃のシナリオ」『中東かわら版』2024年度No.78、2024年10月4日。

(研究主幹 高尾 賢一郎)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP