中東かわら版

№18 ヨルダン:シリア、シャラ政権との経済協力強化に向けて前進

 5月20日、サファディー副首相兼外務・移民相は、ダマスカスを訪問し、シリアのシャイバーニー外相とともに高等調整評議会の設立に関する覚書に署名した。評議会の初回会合では、広範な分野での関係強化が協議され、短期・長期目標を盛り込んだ実行ロードマップが策定された。また、7月に合同閣僚委員会を開催し、産業統合、域内貿易、通過貨物の取り扱い、適合証明書の相互承認について協議を行うことで合意した。

 

評価

 今般の署名には、米国のトランプ大統領がシリアへの経済制裁を解除する方針を示したことが影響していると考えられる。5月13日から行われた湾岸歴訪の際、トランプ大統領はサウジアラビアでシリアのシャラ暫定大統領と会談し、その後「シリア新政府との関係正常化を模索し、彼らにチャンスを与えるため、制裁解除を指示した」と明言していた。

 ヨルダンがシリアとの経済協力を推進する上で障害となっていたのは、シャラ政権をシリアの正当な政府として承認しない米国の方針と、2020年に米国で導入されたシーザー法による制裁であった。シーザー法と呼ばれるシーザー・シリア市民保護法は、アサド政権時代のシリア政府や軍の高官への資金援助を行うことを禁止した法律であり、シリア復興事業に関与した外国企業も、米国への入国、米国金融システムへのアクセスが禁止されるなどの制裁対象となっていた。アサド政権崩壊後もシーザー法は延長されており、ヨルダンのクダー産業・貿易・供給相はシリアとの経済協力を進める上で大きな障害となっていると指摘していた。

 一方で、今年に入りヨルダン国内ではシリアとの経済・貿易関係の強化を求める声が高まっていた。1月23日にアンマンで開催されたフォーラムの中で、クダー産業・貿易・供給相は、シリアとの経済協力を強化していくことの重要性を強調した。この発言はシリアへの輸出拡大を図ると同時に、シリア・トルコ間のバーブ・ハワー国境検問所を経由したヨーロッパ市場への進出を狙ったものであった。

 同様にヨルダン自由貿易地域投資委員会のシャルフッディーン・リファーイー副委員長は、2月に出した声明の中でシリアとの貿易はヨルダン経済に利益をもたらすと述べ、さらにヨルダンからトルコへの貿易ルートを回復させたいと述べていた。アンマン商工会議所のハリール・タウフィーク会頭もシリアはヨルダンにとって経済的な生命線であり、レバノン、トルコへの玄関口であると述べている。ヨルダンにとってシリアとの経済協力は貿易を拡大する重要な機会とみなされていた。

 こうした流れの中、4月17日にサファディー副首相兼外務・移民相はシリアのシャイバーニー外相との共同声明で貿易、運輸、農業、水などの分野に関する高等調整評議会を設置することを発表した。しかし発表当時、シリアは米国の経済制裁下にあり、具体的に話が進むかは不明であった。

 今般の覚書への署名はトランプの発言前から用意されていた可能性もあるが、その発言が合意の進展に影響を及ぼした可能性が高い。

 今後のヨルダンとシリアの経済関係の見通しについては、依然として不透明な状況にある。今般の合意はシャラ暫定政権との間で結ばれたものであるが、同政権は旧来のシリア領土全域を掌握しているわけではなく、軍事力を有する勢力が領域内に複数存在している。このため、合意の履行が今後も維持されるかどうかは不確実である。

 イスラエルの動きも懸念材料の一つである。ヨルダンとシリアの貿易はジャービル~ナシーブ間の国境検問所を経由して行われるが、ナシーブの西方約15キロにはダラア県がある。イスラエルは2024年12月以来、ダラア県等で占領地を拡大している。またナシーブの北東約60キロの位置にはスワイダ県がある。イスラエルはスワイダ県などに居住するドルーズ派の保護を主張しており、4月末にドルーズ派と民兵が衝突した際には、その警告として5月2日にダマスカスの大統領宮殿近くを空爆している。ヨルダンとの国境に面するシリア南部は、イスラエルの動き次第で不安定化する恐れがある。

 こうした状況下で、ヨルダンがシャラ暫定政権をシリアにおける唯一の交渉相手と位置づけた点に、今回の署名の意義があるといえる。

 

【参考】

「シリア: アメリカのトランプ大統領が対シリア制裁の解除を表明」『中東かわら版』2025年度No.13。

「シリア:主権の喪失と領域の解体が進む」『中東かわら版』2025年度No.10。

「シリア:米国が新たな対シリア制裁を発動」『中東かわら版』2020年度No.32。

(研究員 平 寛多朗)

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