№10 シリア: 主権の喪失と領域の解体が進む
2025年4月28日ごろから、ダマスカス郊外のジャルマーナ市、サフナーヤ市、スワイダ県を中心に治安部隊とドルーズ派の民兵との間の緊張が激化し、双方の交戦によりこれまでに70人以上が死亡したとみられる。衝突のきっかけは「ドルーズ派の者が預言者ムハンマドを中傷する内容を含む音声を流布させた」との虚報/誤報が広まったことで、これにより治安部隊を構成する「武装勢力諸派」がジャルマーナ、サフナーヤなどのドルーズ派の者が居住する街区への襲撃を試みた。30日には、イスラエル軍が「ドルーズ派を保護するために過激派を爆撃した」と称し、治安部隊の集団を爆撃した。暫定政権の外務省は、(ドルーズ派の当事者の一部に)外国の保護を求める無法者がいると指摘し、外部からの干渉を拒否する声明を発表した。
一方、イラクとの国境通過地点のタンフを中心とする地域を占拠しているアメリカ軍配下の民兵は、「イスラーム国」の戦力伸長に警戒するとの名目でダマスカス郊外のドゥマイル、ホムス県シュアイラートの軍事空港を占拠した。3月中旬の武力衝突を契機に顕在化した沿岸部などでのアラウィー派住民に対する略奪や殺害も続いているが、暫定政権は問題の調査を担当する委員会の活動期間を3カ月間延長した。一方、3月11日に暫定政権とシリア民主軍との間に締結された統合合意は、これまで具体的な措置は一切取られておらず、双方が統合についての相手方の志向を批判しあっている。
図:2025年5月1日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)
評価
アラウィー派の住民迫害についても、今般のドルーズ派の民兵との交戦についても、アラビア語の報道の一部はその当事者を「武装勢力諸派」と呼称している。これは、治安部隊や暫定政権がその政策として「宗派的少数派」を迫害しているのではないとの描写の一環と思われるが、それ以外の報道機関や現地発の情報では、こうした主体は暫定政権の治安部隊であると認識されている。こうした事態は、問題の主体をどう認識するかにかかわらず、(解体され「国家」の下に一元化されたことになっている)現在の軍・治安部隊に、暫定政権の方針や志向に反し「宗派的少数派」を迫害する集団が温存されていることか、暫定政権の治安部隊そのものがそうした迫害の当事者であることのいずれかを意味するため、暫定政権が国際的な承認を得る上での障害となるだろう。また、暫定政権は沿岸部での(治安部隊による)アラウィー派住民殺害問題の調査を先送りしているが、この点も同政権の「宗派的少数派保護」への取り組みの姿勢を象徴している。
今般の事態に際し、イスラエル軍は「ドルーズ派の保護」と称して治安部隊を爆撃した。イスラエルは、2024年12月以来クナイトラ県、ダラア県での占領地を拡大するとともに、シリア在住のドルーズ派の宗教指導者らを、シリアを正規に出入国する措置を経ずにイスラエルに入域させる活動を進めており、領域と住民に対するシリア政府の管轄権を無視する動きが加速している。また、ダマスカス近郊のドルーズ派が居住する街区への暫定政権の治安作戦をイスラエル軍が抑えるかのような動きは、シリアの主権という観点からは重大な問題である。ドルーズ派への迫害も同然の治安作戦は非難されるべきものだが、イスラエルの意向により首都近郊ですら治安作戦を実施できないということは、暫定政権の弱体とイスラエルへの従属ぶりを如実に示している。
一方、アメリカ軍傘下の民兵の動きも、これらの民兵が解散もシリア国家への統合もしていないことを示すものだ。しかも、現在のシリアでの「イスラーム国」の活動は、ダイル・ザウル県のユーフラテス川沿岸の諸集落でシリア民主軍を攻撃することに集中しているため、最近報じられたアメリカ軍傘下の民兵の占拠地域と「イスラーム国」の活動や同派の勢力伸長とが実際にどの程度関係あるのかは不明である。国際場裏でアピールされる「シリアの暫定政権への承認と支援」は、現場ではシリアの主権の蹂躙・無視として表出している。また、「新生シリア」の建設を希求するシリア人民の間で「政治的」多数派を形成する努力をせず、「宗派的」少数派を強調する一方の暫定政権や諸当事国の態度からは、シリアの主権や統一に向けた求心力が生じる兆候を見出すことはできない。
(特任研究員 髙岡 豊)
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