中東かわら版

№8 イラン:ハーメネイー最高指導者が演説で対米交渉への不満の声に対応

 ハーメネイー最高指導者は、第6代イマーム・サーデグの殉教記念日に当たる4月24日、関係者らを前に追悼講演を行った。最高指導者事務所のウェブページに掲載されたこの講演の抜粋によると、ハーメネイー師は概要次のように述べたという。

 「(第二代)イマーム・ハサン・モジタバーが(ウマイヤ家の)ムアーウィヤと和議を結んだとき、一部の者たちが(イマーム・ハサンのもとに)やってきて、不満を口にし、抗議した。イマームは(アラビア語で)『それがあなたがたに対する試練なのか、しばらくのあいだの楽しみなのかは、あなたがたにはわからない』とおっしゃった。これは一時的なものだということである。つまり不信仰と偽善の支配が永久に続くことが予定されているわけではないということである。神の定めた運命では、これは一時的である。この伝承によれば、ヒジュラ暦70年には一族の者で生き残っている者が立ち上がり、支配権を獲得して、真のイマーマ(指導)を実現させる予定になっている。(しかし、第三代イマーム・ホセインが殉教した)カルバラーの事件が起き、人々が宗教的基礎に対して注意を払わず(ホセインを支援せず)、背を向けたことが影響して、神の運命(の実現)は延期されてしまった」。

 「(イマーム・サーデグは)おっしゃった、『あなた方が口を滑らせたために、神は(イマームによる世界支配の実現という運命の実現をまたしても)延期した』と。つまり、我々の過失によって、あるときは口が軽く、あるときは(必要な人たちを)支援せず、あるときはいたずらに抗議し、あるときは我慢が足りず、あるときは状況に対する誤った分析をして、歴史を変えてしまうような影響を与えてしまうことがあるのである。それゆえ、十分な注意が必要なのである」。

 上記のハーメネイー最高指導者の発言は、米国との「和議」は一時的なものであり、対米交渉に携わっている交渉担当者たちへの「支援」と、不満や抗議の意思を軽々に口にしない「我慢」と「注意深さ」が、神の支配の実現には必要であり、イマームたちもそれを指摘していたということを、支持者たちに訴える内容と言えるだろう。

評価 

 通常、ハーメネイー最高指導者が支持者らを前に演説をした場合、非公開の面談の場合を除き、口調も含めて、その全発言が公開されるが、今回は一部のみの公開となっている。イマーム・サーデグの事績に関する、いわば枝葉末節な内容は省き、自身の支持者たちに最も伝えたい内容のみを抜粋して、彼らにそれをストレートに訴えるためであると考えられる。

 この発言の背景には、対米交渉に対する一部の者たちの反対の声がある。事実、ハーメネイー最高指導者の演説の2日前(22日)、テヘラン大学で開かれた「クルアーンにおけるイスラームの政治的智慧」と題された大学生向けの講演会で、登壇した強硬保守派の代表格のサイード・ジャリーリー氏(2024年大統領選挙に出馬し落選。国家安全保障最高評議会の最高指導者名代)に対し、チャードル姿のある若い女性が「トランプは、現代のヤジードではないのか。ではなぜ、彼とバイア(忠誠の誓い)を結ぶのか」と(執拗に)食って掛かる一幕があった。彼女の言う「ヤジード」とは、第三代イマーム・ホセインとその一族郎党を残忍に殺害した、ウマイヤ朝の第二代カリフであり、シーア派にとっては最大の「仇敵」、いわば「悪魔」である。

 ジャリーリー氏は彼女に対し、「その発言は間違っている。あなたはイスラーム共和国を、ヤジードとバイアを結ぼうとしているとして非難するのか」と諭したのであるが、米国との交渉を「気高くない」として禁じたハーメネイー師の姿勢と矛盾する対米交渉の進展に、「君側の奸」を感じ取っている若者たちが少なからず存在することを、このエピソードはよく示していよう。そしてハーメネイー最高指導者も、イスラーム共和国の理念を支持し、対米交渉に不満を覚える支持者たちを慰撫し、得心させることが必要と感じていることを、24日の同師の演説は物語っている。

 ハーメネイー最高指導者のこうした努力にもかかわらず、こうした若者たちの理想主義のエネルギーを同師がコントロールすることができるのかどうか、それがどのような政治運動へと発展していくのかは、今後を見守らねばならない。

【参考】

イラン:ハーメネイー最高指導者がイラン・米国交渉に言及」『中東かわら版』No.7.

(主任研究員 斎藤 正道)

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