中東かわら版

№1 シリア: 暫定政府の組閣

 2025年3月30日、アフマド・シャラ(アブー・ムハンマド・ジャウラーニー)大統領は暫定政府の閣僚を以下の通り任命した。今般の組閣では首相職は設けられていない。なお、閣僚名簿の整列順序は、同日のシリア・アラブ通信社(SANA)による各人の略歴を報じた記事の並びに従う。

 

氏名

役職

備考

アスアド・シャイバーニー

(ザイド・アッタール)

外相

シャーム解放機構幹部

マルハフ・アブー・カスラ

(アブー・ハサン・ハマウィー)

国防相

シャーム解放機構幹部

アナス・ハッターブ

(アブー・アフマド・フドゥード)

内相

シャーム解放機構幹部

ミズハル・ウワイス

司法相

シャーム解放機構幹部

最高ファトワー評議会議員

ムハンマド・アブー・ハイル・シュクリー

ワクフ相

最高ファトワー評議会議員

マルワーン・ハラビー

高等教育相

医師

ヒンド・カブワート

社会問題相

女性。キリスト教徒

ジュネーブ対話の反体制派側委員

国民対話準備委員会委員

ムハンマド・バシール

エネルギー相

シャーム解放機構幹部

前暫定首相

ムハンマド・ヤシル・バルニーヤ

財務相

2004年~2007年の債券市場設置作業に関与

ムハンマド・ニダール・シャアール

経済産業相

2011年~2012年に経済通商相

ムスアブ・アリー

保健相

 

ムハンマド・アンジラーニー

地方自治・環境相

 

ラーイド・サーリフ

非常事態相

ホワイトヘルメット代表

アブドゥルサラーム・ハイカル

通信IT相

 

アムジャド・バドル

農業相

ドルーズ派?

ムハンマド・アブドゥルラフマーン・タラクー

教育相

クルド人

ムスタファー・アブドゥルラッザーク

公共事業・住宅相

救済政府出身

ムハンマド・ヤーシーン・サーリフ

文化相

ジャジーラTV出身

ムハンマド・サーリフ・ハーミド

青年・スポーツ相

救済政府出身

マージン・サールハーニー

観光相

 

ムハンマド・ハサーン・サカーフ

行政改革相

救済政府出身

ヤアラブ・スライマーン・バドル

運輸相

元バアス党。

2006年~2011年に運輸相

アラウィー派?

ハムザ・ムスタファー

情報相

 

 

評価

表面的には女性、キリスト教徒、アラウィー派、ドルーズ派、アサド政権下での閣僚経験者を含む「包括的な」人事のように見えるが、この程度の「多様性」や「包括性」は過去50年間のシリアの内閣や議会の構成でほぼ常時実現されていたものである。また、ジャジーラTVでの勤務経験者やホワイトヘルメットの代表が入閣するなど「革命」に貢献した「活動家」への論功行賞としての役職配分も見られる。一方で、内務、外務、国防、司法という政権の枢要部ともいえる閣僚はシャーム解放機構幹部が占めたうえ、同派がイスラーム過激派の統治色を薄めるためにイドリブ県での行政サービス提供を任せていた救済政府出身者の入閣も目立った。これは、2月~3月の「国民対話」や「憲法宣言」を通じてシャーム解放機構を除く政党や各種団体の活動や権益の主張を可能とする体制が整備されず、党派や職能組合など社会を代表しうる集団の取り込みと政治参加が実現していないためである。

シャーム解放機構やそれに従属していた各種イスラーム主義武装勢力の幹部や関係者は、組閣の前日に編成された最高ファトワー評議会に登用されており、「イスラーム統治」を実現することを目指すイスラーム主義者・イスラーム過激派が司法・裁判・法制部門の掌握を重視し、そこに資源を割く傾向は、「イスラーム国」が統治体制で司法・裁判分野に多大な資源を割いた事実を想起させる。今般の組閣に対しては、ハサカ県、ラッカ県、ダイル・ザウル県を占拠するクルド民族主義勢力や、スワイダ県のドルーズ派の勢力の一部が拒否を表明しているなど、国際的に寄せられる歓迎の意とは異なりシリア国内では諸方面からの評判は芳しくないようだ。これについて、アフマド・シャラ大統領は全員を満足させることはできないと述べた。軍・治安部隊を含む政治体制の枢要部をシャーム解放機構が押さえ、「政権の多様性」は実権の乏しい役職を配分することによって形式的に達成する手法は、アサド政権下で「権力の二重構造」と評された政治運営が再生産されていることを意味する。

一方、現場での情勢は、ラタキア県、タルトゥース県、ホムス県を中心に内務省の者と思われる武装集団による民間人殺戮事件が連日のように発生しているほか、イスラエルによるシリア領内の施設への攻撃も日常化している。また、トルコによるシリア領内の軍事施設掌握・使用の動きや、アメリカの配下の民兵による重要拠点制圧の動きも生じており、今般の組閣がシリアの主権や領域の統一がないがしろにされている現状を好転させるものとはならなそうだ。3月上旬の政府の部隊によるラタキア県、タルトゥース県での民間人多数殺害についての調査も滞っており、かつてのイスラーム過激派戦闘員が衣替えした軍・治安部隊を当局が管理・掌握しているかについても疑問が残る。なお、シリアについての情報や報道は、発信する主体の政治的立場に沿って各々が対立・矛盾する内容が氾濫しており、シリア人民の生活水準や権利の状況の把握は困難なままである。

(特任研究員 髙岡 豊)

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