中東かわら版

№69 レバノン:イスラエルがヒズブッラーの通信端末を一斉爆破

 2024年9月17日午後3時30分(現地時間)レバノンの各所でpager(ページャー。日本ではポケットベルと呼ばれる)が同時多発的に爆発する事件が発生した。この件について、ヒズブッラーは爆発の3時間後に「ヒズブッラーの様々な部隊や機関に勤務する者が持つ端末が爆発し、女児1人とヒズブッラーの者2人が死亡、ヒズブッラーの者多数が様々な程度の負傷をした」と発表した。この時点では爆発の原因は特定されなかったが、ヒズブッラーは続いて発表した声明で「爆破の責任は完全にイスラエルに帰す」と発表した。

 レバノンの保健省によると、本稿執筆時点で9人が死亡、およそ2800人が負傷した。また、シリアのダマスカス周辺で活動しているヒズブッラーの要員の端末も爆破され、複数が負傷した模様である。一連の爆破で、駐レバノン・イラン大使、ヒズブッラーが主導する会派に属する国会議員の家族らも負傷した模様である。なお、アメリカの報道機関は、爆破をモサドとイスラエル軍との共同作戦と報じた。それによると、台湾で製造されてレバノンに輸出された端末に爆発物が仕掛けられた上、遠隔でこれを爆破するパスワードが設定されていた。

評価

 今般の攻撃は、ヒズブッラーに対する史上最大規模の治安上の浸透とみなされるもので、ヒズブッラーを含む「抵抗の枢軸」陣営とイスラアエル・アメリカ陣営との力の差をはっきりと示す。ヒズブッラーは長年盗聴や位置情報の漏洩を嫌って携帯電話の使用を避けてきたが、携帯電話を通じた通信回避策として導入されたはずの端末がイスラエルによる攻撃の手段として利用された。これは、ヒズブッラーは盗聴や情報抜き取りや今般の事件のような攻撃が仕掛けられる危険性を認識しつつも、特定の通信手段や機器の使用を完全に止めることができない一方で、イスラエル側は通信手段・機器の生産・流通の過程を把握し、どのような工作も仕掛けることができることを意味する。

 従来、ヒズブッラーは安全上の理由で党員証のような構成員であることを示す物品の発行や携帯はしないと考えられてきた。しかし、今般のように3000人近くがほぼ同時に殺傷されるような共通の端末を幅広く配布し、要員がそれを携帯していたことは、安全対策上重大な失敗といえる。イスラエルはこの工作でヒズブッラーの戦列やレバノン社会が混乱している間に大規模な地上作戦などを仕掛けることも可能だっただろうが、それがなかったことに鑑みると今般の工作はヒズブッラーに対する挑発か示威行動と思われる。ヒズブッラーがこの攻撃に反撃する場合は、あらためて示された力量の差を踏まえ、現下の紛争の範囲や強度が拡大する幅を最小限に抑えることを意識した手段を選択することになるだろう。

(協力研究員 髙岡 豊)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP